「遊ばない子ども」だった
節子(仮名・20代)には知的障がいを持つ弟がおり、弟は近所の子どもにわいせつ行為をし、逮捕された。節子の父親はギャンブ依存症で借金を抱えていた時期もあり、母親は仕事で忙しく、幼いころから節子が弟の面倒を見ていた。
事件後、弟の社会復帰に関して、弟の支援者と節子は意見が合わず対立していた。支援者は、節子や母親が弟に対し過干渉であり、性の問題への理解が不十分であることを問題視していた。その点については、筆者も同感であり、再犯防止の観点からも家族より専門家に任せる提案を支持したが、
「家族の問題は家族で解決します!」
節子はそう言ってキッパリと支援を拒んだ。
父親は、節子は遊ばない子どもだったと話す。
「妻は待望の長男が生まれ、発達が遅れているという事実にひどくショックを受けていました。その分、娘に過剰な期待をするようになっていったんです」
節子は家でテレビを観ることも許されず、食事の手伝いや後片付けをするとすぐに部屋に戻って勉強をしていた。成績は一番でなければ母親は納得しなかった。
節子の父親は、家庭で安らぐことができなくなり、いつのまにかギャンブルにのめり込むようになっていった。
「遊んでたら立派な大人になれないよ、お父さんみたいに駄目な人間になる」
母の言葉に、遊ぶことは悪いことと吹き込まれていた。節子は学校でも優等生で、周囲の大人からはいつも「良くできた子ども」と褒められる存在だった。一方で、融通が利かないところも目立ち、さまざまな場面で人と衝突することも多かったという。
幼いころから他人を頼ることをせず、問題はすべてひとりで解決してきた節子。だが、ヤングケアラーとしての彼女の過去を理解することで、筆者は少しずつ歩み寄ることができた。結果、節子は弟を専門の支援者に委ねることを決断した。
責任感が強い家族ほど、問題を抱え込み、その結果、事態を悪化させてしまう可能性もあるのだ。
支える家族を美化しないこと
家庭における子どものSOSを拾うことは、虐待や貧困という大人が抱える問題を発見し、事件を防ぐことにも繋がる。
だが現代では、家族のための犠牲を美化する風潮は未だに残っている。加害者家族の中にも、今回の事例のように、本人も気付かぬまま自らを犠牲にしてしまっている子どもたちも少なくない。
加害者家族に限らず、親兄弟の面倒をよく見る子どもへの「いい子だね」「えらいね」という何気ない言葉。子どもたちの本音を塞いでしまうことのないよう、気をつけたいところである。
阿部恭子(あべ・きょうこ)
NPO法人World Open Heart理事長。日本で初めて犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)、『家族間殺人』(幻冬舎新書、2021)など。