強く爽やかな人であってほしい
人生はまだまだ続く。「日本舞踊家として未完成」とたびたび口にする爽子だが、個人としての幸せを考えることは苦手だ。まだ将来を現実的にイメージできないからだという。
日本舞踊に関わるときの鋭敏な表情とは対照的に、着物を脱いだ爽子には気取ることのない20代の女性らしさがある。フレンチブルドッグの愛犬・晴男と過ごすのが日々の楽しみで、好物は台湾発祥のイチゴ飴。稽古終わりに、お気に入りの店に1人でまぜそばを食べに行くこともあるそうだ。
父・藤間文彦は、娘の将来について「完全に本人の自由意思」を尊重すると話す。
「息子にも言えることですが、とにかく本人が自由にできればいいと思います。結婚にしてもそう。責任を果たす大人として行動できれば、僕は何も言いません。そして、他人に優しい人間であってほしい。親として望むのは、それだけです」
当面、ダブルネームでの活動が続く。三代目紫と爽子。藤間紫の名で統一することも将来的には考えているものの、あまりにも大きい名前を背負うことにプレッシャーを感じている。
本名も気に入っている。劇団の先輩たちや俳優仲間の多くは、彼女のことを「爽子」と呼ぶ。母の佳江が命名したものだ。
「人に優しく接するためには、自分自身が常に変わらず強く爽やかな人でなければならない……。そんな思いも含まれています。僕の名前が『文彦』で、息子は『貴彦』。左右対称の文字を用いているので、娘の字も左右対称にしてもらえるよう、妻にリクエストしました」
門弟に稽古をつける家元としての日々。日本舞踊家としての自分。役者の活動。コーチとプレーヤーを並走させながら、頭の中は芸に関することでいっぱいだ。
生活のあらゆる場面が、芸につながる。日本舞踊のステージを終えるたびに、すぐに踊り始めたくなるという。
芸事を嫌いになりそうだった高校時代。悩みの多かった少女もあと2年半で30代に突入する。
思い描く将来は楽しみだが、どうにも具体的な予想がつかないらしい。
「自分でも自分がわからないんです(笑)。極端な人間ではないと思いますけど、電撃婚して“専業主婦になります!”と宣言するかもしれません。私、いつもやることが唐突ですから」
そう遠くないうちに、周囲をうんと驚かすような出来事が待ち受けているかもしれない。それはどんな報告だろうか。本人ですら予想がつかないのだから、聞かされる側はただドキドキしながら待つしかない。(敬称略)
〈取材・文/田中大介〉