強く爽やかな人であってほしい

 人生はまだまだ続く。「日本舞踊家として未完成」とたびたび口にする爽子だが、個人としての幸せを考えることは苦手だ。まだ将来を現実的にイメージできないからだという。

 日本舞踊に関わるときの鋭敏な表情とは対照的に、着物を脱いだ爽子には気取ることのない20代の女性らしさがある。フレンチブルドッグの愛犬・晴男と過ごすのが日々の楽しみで、好物は台湾発祥のイチゴ飴。稽古終わりに、お気に入りの店に1人でまぜそばを食べに行くこともあるそうだ。

 父・藤間文彦は、娘の将来について「完全に本人の自由意思」を尊重すると話す。

験担ぎは祖母の香水と、祖母の腰ひもを身につけること。女優と舞踊家としての活動はインスタグラムでも公開中 撮影/伊藤和幸
験担ぎは祖母の香水と、祖母の腰ひもを身につけること。女優と舞踊家としての活動はインスタグラムでも公開中 撮影/伊藤和幸
【写真】襲名披露公演で『道行初音旅』を踊った、初代藤間翔と三代目藤間紫

「息子にも言えることですが、とにかく本人が自由にできればいいと思います。結婚にしてもそう。責任を果たす大人として行動できれば、僕は何も言いません。そして、他人に優しい人間であってほしい。親として望むのは、それだけです」

 当面、ダブルネームでの活動が続く。三代目紫と爽子。藤間紫の名で統一することも将来的には考えているものの、あまりにも大きい名前を背負うことにプレッシャーを感じている。

 本名も気に入っている。劇団の先輩たちや俳優仲間の多くは、彼女のことを「爽子」と呼ぶ。母の佳江が命名したものだ。

「人に優しく接するためには、自分自身が常に変わらず強く爽やかな人でなければならない……。そんな思いも含まれています。僕の名前が『文彦』で、息子は『貴彦』。左右対称の文字を用いているので、娘の字も左右対称にしてもらえるよう、妻にリクエストしました」

 門弟に稽古をつける家元としての日々。日本舞踊家としての自分。役者の活動。コーチとプレーヤーを並走させながら、頭の中は芸に関することでいっぱいだ。

 生活のあらゆる場面が、芸につながる。日本舞踊のステージを終えるたびに、すぐに踊り始めたくなるという。

 芸事を嫌いになりそうだった高校時代。悩みの多かった少女もあと2年半で30代に突入する。

 思い描く将来は楽しみだが、どうにも具体的な予想がつかないらしい。

「自分でも自分がわからないんです(笑)。極端な人間ではないと思いますけど、電撃婚して“専業主婦になります!”と宣言するかもしれません。私、いつもやることが唐突ですから」

 そう遠くないうちに、周囲をうんと驚かすような出来事が待ち受けているかもしれない。それはどんな報告だろうか。本人ですら予想がつかないのだから、聞かされる側はただドキドキしながら待つしかない。(敬称略)

〈取材・文/田中大介〉

 たなか・だいすけ ●1977年生まれ。映画雑誌編集者などを経て書籍編集者に。演劇ライターとして『えんぶ』『週刊現代』などの雑誌や、演劇DVDのライナーノーツ、プログラムの執筆や編集に携わる。下北沢・本屋B&Bで舞台にまつわるイベントも企画・出演中