店もステージも、毎日、幕は開いている
2020年には伊藤榮子さんの紹介で所属事務所も決まり、役者としての窓口ができた。そんなとき、高校生が作る映画に参加しないか、と声がかかった。タイトルは『弾丸』。吉岡さんは冷徹な編集者役だった。
「台本の読み合わせが初対面だったんですが、もう役を整えられてきていて、俳優としてのオーラに高校生たちは圧倒されていました」
そう語るのは、脚本を書いた川口光透さん。
「相手が高校生でありながら真正面から真剣に向き合ってくださって、私は感動していました。スタッフや作品の意図について傾聴される姿勢や裏での気遣いなど、吉岡さんのような存在になりたいと思います」(川口さん)
大人に交じって演劇を志した吉岡さんが、65歳で再び演劇の世界に戻り、あのころと同じ世代の青年たちと一緒に演技をする……。『弾丸』は大切な作品となった。しかし完成した作品を見た吉岡さんは、「そこそこ頑張ったな、と思ったんですけど、いやいやいや、もうガチガチになっていました」と笑う。
そんな吉岡さんの復帰にエールを送るのが、『おしん』で八代圭を演じた俳優・大橋吾郎さんだ。10年ほど前から共通の知人の集まりで旧交を温めるようになった。大橋さんは、吉岡さんが芝居の情報を欲しがっているように感じ、会うたびに自分なりに得た情報を話してきたという。
「また役者をやりたいんだなと思ったんだけど、僕はそれを1回、スルーしたんです。そんなに甘い世界じゃないし、本気かどうかもわからなかったから。でも、本気とわかったからには止めるよりも応援したい。祐ちゃんは大丈夫。役者をやめてからの20年、クレープ屋さんをやってきて、彼にしかできない勉強をしてきた。それは僕らにはない経験。だから挑戦すればいい。そして一緒にやれたら、楽しめたらいいなと思うよ」(大橋さん)
吉岡さんは今年の4月21日で67歳になる。
「うちの店は都会に乗り出した一艘の帆船、小さなヨットだと思っているんです。今はガラクタを寄せ集めて作った筏みたいなもんですけど、いずれは6000トン級の安全性を持つようなものにして自立させたい。そして僕も役者として自立したい。
僕はもともとステージや舞台装置をみんなで作るのが好きだったんです。そう考えると、店もステージを作るのと同じ、毎日芝居の幕が開いているようなもの。だから僕としては、そんなにかけ離れたことをやっている感じはないんですよ」
店主と役者の二足のわらじを履く生活は今、再び始まったばかりだ。
〈取材・文/成田全〉
渡辺えりさんが作・演出を手がける音楽劇『私の恋人 beyond』が6/30から
7/10まで、東京・本多劇場で上演。チケットは4/1より先行予約開始