地元の人から必要とされる場所に
ヒルマ薬局の入り口には暖簾がかかっている。道行く誰もが立ち寄って休んでいける“峠の茶屋”みたいな場所になれたら─。そんな思いが込められているのだという。薬局が茶屋なら、榮子さんはさしずめ看板娘か。長年のファンもたくさんいる。
「おばあちゃんさ、シュークリーム買ってきたから食べて」
榮子さんに差し入れを持ってきたという男性(77)がいた。糖尿病と心臓の薬をもらいに何年もヒルマ薬局に通っている。楽しみは榮子さんに会うことだと笑う。
いつも榮子さんとどんな話をしているのかと聞くと、男性は少し考えてこう答えた。
「僕は糖尿だから、“(食事制限があって)かわいそうだけど、好き嫌いはしちゃダメ、ちゃんと3食食べなさい。好き嫌いをしていると心臓にも悪いよ”と。ニラが嫌いだったけど、健康にいいんだよと言われて、食べるようにしました。僕にそんな話をしたことは、もう忘れていると思うけど(笑)」
忙しそうな榮子さんの様子を見て、男性は持参したお菓子を康二郎さんに渡した。
そして帰る前に、カウンター越しに榮子さんの手を握ると、明るく声をかけた。
「また来るから。元気でね」
取材に訪れたのは土曜日。午前中から昼過ぎまでは処方箋を持った人が次々やってきて、榮子さんも接客に追われていたが、近隣の病院が閉まる午後になると、店内は落ち着きを取り戻した。
人波が途切れても、康二郎さんやほかの薬剤師たちは薬の調合をしたり電話の応対をしたりと忙しい。
仕事をするうえで、どんなことを心がけているのか聞くと、康二郎さんは丁寧な口調で説明してくれる。
「新しい薬が追加されたときは飲むのが不安になる方もいるので、“体調はどうですか?”とこちらから電話やメールをして、フォローするようにしています。
複数の診療科にかかっていて薬がたくさん出ている方は、飲み間違いや飲み忘れがあったりするので、1回分ずつまとめる“一包化”の提案もします。飲み合わせの悪い薬もあるので、お薬手帳は持ってきてくださいと声をかけています」
丁寧な対応が信頼され、かかりつけ医ならぬ、“かかりつけ薬局”として通う人が多い。常連客の中にはお礼にと、旅行のお土産や段ボールいっぱいのジャガイモを持ってきてくれた人もいるそうだ。
「私たちにとっては当たり前の対応をしているだけなのに、それを喜んでくださるお客様が多いので、すごくうれしかったし、薬剤師をやっていてよかったなと思いますね」
夕方4時。認知症の母親の介護について相談があるという女性がやってきた。対応するのは康二郎さんだ。
話は1時間近くに及んだのに相談料などはもらっていないという。その理由を康二郎さんはこう話す。
「次回は処方箋を持ってきてくださることもあると思うし、認知症の相談をきっかけに、つながりができればいいのかなと。この地域になくてはならない、地元の人たちに必要とされる場所になりたいと思っているんです」