クラファンでギネス挑戦へ

「クラウドファンディングで申請資金を集めたら」

 たまたま教えてもらった方法で、ギネス記録への夢が再び動き出す。申請資金として寄付を募ってみると、全国の人たちから寄せられたお金は182万5千円に!

 そして、2018年11月23日。榮子さんは95歳17日で、世界最高齢の現役薬剤師と認定された。

 反響は大きく、テレビや新聞などの取材が殺到。一躍有名になり、エッセイ『時間はくすり』も出版した。

《「ありがとう」は最高のくすりです。「ありがとう」が幸せを連れてきます》

《生きる意味を考えなくてもいい。どの命も、生まれただけで尊い》

《いきいきと過ごす姿を見せる。それが先を生きる者の責任かもしれません》

 本に書かれている言葉は、榮子さんが薬局でいつも口にしている言葉でもある。「本当に当たり前のことしか書いていないのよ」と謙遜するが、多くの人の心に届いた。

ギネス記録に見事認定された証を手に、次の挑戦への意欲も見せる康二郎さん 撮影/伊藤和幸
ギネス記録に見事認定された証を手に、次の挑戦への意欲も見せる康二郎さん 撮影/伊藤和幸
【写真】ギネス記録証を手に、挑戦し続ける榮子さんと康二郎さん

 ところが、ギネス記録に認定された翌年、榮子さんに大きな試練が訪れる─。

 池袋の自宅から板橋の薬局への行き来は、近所に住む康二郎さんがタクシーに乗って迎えに来て、帰りは送ってくれる。その日も、いつものようにシートに座ったら、榮子さんの足に痛みが走った。

「あーまたやっちゃった」

 その瞬間は、そこまで大ごとだと思わなかったのだが、右股関節にひびが入っており、もともと入れていた人工股関節を取り出す手術を受けた。リハビリ専門病院に転院し、入院は3か月に及んだ。ベッドに横になりながら、榮子さんはつくづく実感したそうだ。

「働けるってことは幸せなんだなー」

 退院して自宅に戻った後もリハビリは続く。

《歩くときはお腹に力を入れて》

《(ケガをした)右足を着くときは、かかとから足の先まで全部に力を入れて》

 理学療法士の指示を紙に書いてもらい、歩行器を使って廊下を何回も往復した。

「最初はお食事も部屋まで持ってきてもらったけど、歩けるようになってからは自分で階下に食べにいくようにしました。面倒くさいと思うけど、やっぱり歩いてあげないとね。足のほうも言うこと聞いてくれないもの」

 退院して1年8か月後には仕事に復帰。最初は週1日から始め、今は週2日のペースで出勤している。

 そばでずっと見守ってきた公子さんは、榮子さんが弱音を吐くところは一度も見たことがないという。

「義母はお店が大好きだから(笑)。康二郎さんも、お客さんも待っているし、お店に行きたいという思いで頑張ったのだと思います」

 横で聞いていた榮子さんは唐突に不満を口にする。

「長靴を買ってと言っても、公子さんは買ってくれないのよ」

 公子さんは笑いながら、その理由を教えてくれた。

「雪の日もお店に行こうとするから(笑)」

「私が転んだら周りの人が大変だものね」

 榮子さんは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。