相手が妻子ある身とは知らず、実母が身ごもった子だった。「流産させられそうになったのに生まれた“運の強い子”なの」実母のその言葉をエネルギーにして逆境を生き抜いた。子どもがいなかった姉夫婦に2歳で引き取られ、中学1年生になるまで事情を知らずに育った。生みの母と育ての母、2人を生涯不自由させないため、“美川憲一”でいるために、恋人との結婚と父親になる選択肢を捨てた20代。76歳の誕生日を目前に語った、これからの恋愛、そして宿命の背負い方とは―。
YouTubeの体当たりの企画が話題に
黒々とした艶髪にナチュラルメイクをほどこし、カフェの隅に佇む歌手の美川憲一さん(75)。女性でもなく男性でもない、存在感のある大人のオーラがにじみ出る。
グラスに添えられた手の美しさを思わず口にすると「触ってみて」と袖をまくった。触れた腕は、吸いつくようにしっとりしている。
「角質取りのスクラブをして、寝る前にハンドクリームやオイルを塗って寝るの。そうすると朝ツルツルになるのよ。これが美川の手よ(笑)。着物を着て歌っているとき、手を上げるとひじが目立つのよ。だからお手入れしてるの」
そう気さくに話しかけられ、「おだまり!」と言われないかと、ビクついていた取材陣も一気に和む。
美川さんといえば、1966年にリリースした『柳ヶ瀬ブルース』が120万枚の大ヒットを記録し、以後『さそり座の女』など数多くのヒットを飛ばした大物歌手だ。
大麻取締法違反で逮捕され、テレビから姿を消した時期もある。再ブレイクのきっかけは'80年代終わり、ものまねタレント・コロッケによる歌まねがウケたことだった。以来、「おだまり」などの流行語を生み出し、歌手の小林幸子とNHK紅白歌合戦で豪華な衣装対決をしたことでも注目を集めた。
2020年からはInstagramを開始。翌年、にはYouTube『おだまりチャンネル!』も始めた。さそりの唐揚げを食べたり、夜中に心霊スポットを訪れたりと、体当たりの企画が話題だ。
「そこまでやんなくてもいいんじゃないの?って言う人もいるんだけど、結構楽しんでやっているのよ。日々新しいことをやらなきゃいけないから、大変じゃないですか。本当は面倒くさくて、やりたくなかったのよ。でもね、時代に乗り遅れるのだけは、嫌だなって思ったの」
週に何度も食事をするほど親しいタレントのはるな愛(49)は、美川さんの情報収集力には舌を巻くという。
「美川さんは世間の変化をすごく敏感に捉えていて、テレビや雑誌、SNSを見ては、ご自身のファッションや生活に取り入れてるんですよ。若さの秘訣かなって思います。
先日、私がネットで調べた大学生が行くような居酒屋に2人で入ったときは、“あんた、なんなのここ!?若者うるさい!”って言ってたのに、食事が出てきたら、“あら、おいしいわ!これ安いわ!”って(笑)」
店長が挨拶に来ると、店に感心したことを伝え、「あんたこんなに安くて、大丈夫なの?」と心配そうに話していたのだとか。
「美川さんは“あら、知らなかった”とか“すごいわね”ってちゃんと言える大人なんですよ。よく、しぶとくやってれば、誰か見てるのよっておっしゃいます。ブレずにしぶとく自分を貫き通してきた一方で、柔軟に新しいものを吸収してきたから、どの時代も美川さんにしかできない“枠”があるんだと思います」
デビュー以来、公私共に長い関係が続いているという歌手の研ナオコ(68)は、美川さんのSNSを時折チェックするそうだ。
「いろんな引き出しがある方なので、どこかでSNSにも火がつくかも?ただもうちょっと砕けたほうがいいかなと思います。テレビで見てる美川さんとあんまり変わらないっていうのが、私の感想なんで。
本当の美川さんはもっとずっとおもしろいとこ、いっぱいあるんですよ!それを伝えるために、隠しカメラをつけたいくらい。すんごく優しくて、面倒見もいい方ですよ。幼いころから苦労されている分、ファンやスタッフ、共演者にも丁寧に接し、人を大事にされていますよね」