パワーゲームからの離脱
受刑者を支援する特定非営利活動法人『マザーハウス』理事長、被害者と加害者が共に犯罪に巻き込まれた人々を支援する『inter7』共同代表を務める五十嵐弘志氏(58)は、20年以上服役した経験を持つ。五十嵐氏は47歳で出所し、2014年にマザーハウスを設立。現在は、24時間体制で受刑者や出所者の支援に尽力している。
若い頃の五十嵐氏には、友幸のように家族や地域の支えはなく、面会に来てくれる人もいないまま、長い間、孤独な受刑生活を過ごしていた。
「面会に来てくれる家族がいる人たちが羨ましかったです。たとえ出所できても、年齢を考えると自分が家族を持つことなど無理だと諦めていました」
ところが、50歳を目前に結婚し、父親にもなった。五十嵐氏の人生は、受刑者に限らず、絶望の淵にいる人々にとって希望になっている。
五十嵐氏の祖母は躾が厳しく、出来のいい親戚の子と比較されることが多かったという。中学生の頃に両親が離婚し、五十嵐氏は母方の家に引き取られることになった。
この家には居場所がないと感じた決定的な出来事があった。従兄弟の下敷きが無くなったとき、たまたま同じ下敷きを持っていた五十嵐氏が家族中から「お前が盗った!」と犯人扱いされてしまったのだ。泥棒扱いされるというのはひどく自尊心を傷つけられることである。しばらくしてその下敷きは見つかり、疑いは晴れたはずだったが、誰も五十嵐氏に濡れ衣を着せたことを詫びる家族はいなかった。
それから徐々に家を離れ、悪い仲間の中に居場所を求めるようになり、犯罪に手を染めていく。
五十嵐氏が生きてきた世界もパワーゲームに支配され、他人を信用することなどできなかったという。その傾向は、刑務所生活によりさらに強くなる。刑務所は規則にがんじがらめにされ、受刑者同士の足の引っ張り合いから弱さをさらけ出すことなどとてもできない。
立ち直りのきっかけは、同房の日系ブラジル人から聖書の存在を聞き、それからマザーテレサの本を通してキリスト教の精神に惹かれるようになった。聖書をさらに詳しく学びたいと、刑務所から手紙を出し、シスターに面会に来てもらうようになったのだ。
今まで謝罪と反省以外求められることはなかったが、シスターとの会話を通して、五十嵐氏はありのままの自分が初めて受け入れられたと感じることができ、改心することができたと話す。
しかし、更生したからといって犯した罪が消えるわけではない。どれほど真摯に、いいことをしようとしても、“前科者”という壁が立ちはだかることも少なくはない。犯罪者の家族への風当たりも厳しいのが現実であり、五十嵐氏にとって、償いの日々は続いていると感じる。
甘えてもよい社会を
人生は、いつ何が起こるかわからない。ある日突然、大切な人に出会うこともある。そのとき、後悔しないためにも犯罪で承認欲求を満たすようなことはしないに限る。満たされるのは一瞬で、その後、一生苦しむことになるのだ。
秋葉原通り魔事件は、加藤氏の弟の自死という悲劇も招いた。「死ぬ理由に勝る、生きる理由がない」。彼は、取材した記者にそう語っていたという。生きる理由をひとりで見つけることは難しいかもしれない。
筆者が運営する『加害者家族の会』も男性の参加者は少なく、男性は問題をひとりで抱え込む傾向があると感じる。同時に、問題を共有するより答えを求めがちである。
SOSを出す力や、困ったときに頼る力こそ、男性たちに求められているのではないだろうか。
阿部恭子(あべ・きょうこ)
NPO法人World Open Heart理事長。日本で初めて、犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)、『家族間殺人』(幻冬舎新書、2021)など。