間違いなく日本の音楽史に名を刻んだ、生きる伝説のシンガー・ソングライター、中島みゆき。『地上の星』や『糸』など、数々のヒット曲を世に送り出してきたことは改めて言うまでもないだろう。
今年2月で古希を迎えた彼女だが、'20年に“ラストツアー”と銘打った全国ツアーを開催するも、新型コロナの影響で中止になった。そこから2年半─中島の動向がいっさい聞こえてこないままだ。
「日本音楽界のシンガー・ソングライターのパイオニアである吉田拓郎さんは、年内で歌手活動を終了する予定です。昭和歌謡界のスターである加山雄三さんも、今年いっぱいでコンサートは引退。井上陽水さんにも引退するのではとの報道がありましたが、中島さんも70歳と高齢ですから続けて……と業界関係者たちの間では囁かれています」(スポーツ紙記者)
メディア露出も減、公に発信する場はなくなって
一世を風靡したスターたちが引退し、ひとつの“時代”が終わろうとしている─。
北海道出身の中島は、'75年に歌手デビューの登竜門であった『ポピュラーソング・コンテスト』で入賞。同年ファーストシングル『アザミ嬢のララバイ』でメジャーデビュー。'77年にリリースした『わかれうた』がミリオンセラーに。一躍、人気歌手の仲間入りを果たしたが、その私生活はベールに包まれている。
「中島さんは、メディアへの露出がとっても少ないんです。'02年と'14年に出場した『NHK紅白歌合戦』でも、スタジオではなく中継での出演でした。一方で、'13年にスタートしたラジオ番組は約5年間にわたって続けていました。それも'18年に終了しており、中島さんが公に発信する場所がなくなってしまいました。理由は、ライフワークである『夜会』に集中したいということでしたが……」(前出・スポーツ紙記者)
『夜会』とは中島が'89年から行っている音楽劇のこと。
「『夜会』は中島さんが、脚本から舞台で歌われる曲の作詞作曲、主演までも務めています。舞台のために中島さんが書き下ろした新曲が歌われるのです。というのも、誰も聴いたことのない曲が、どれだけ観客に届くのか“言葉の実験場”として行っているそうです」(音楽ライター)
現在も不定期開催としているが、
「一部報道では、全国ツアーはもうやりませんが、単発でのコンサートは行っていくとのこと。もちろん『夜会』も続けていきたいと中島さんが話しているそう。全国ツアーは連日の移動から、その間も喉のケアなど繊細な体調管理が求められます。ほかの大物歌手もそうですが、高齢となった中島さんにだって大きな負担となるはずです。中島さんの生歌を聴きたいと思っている人は全国にいるでしょうから、今後は単発のコンサートでいいので活動を続けることを期待したいのですが……」(同・音楽ライター)
しかし、こんな話も。