漁港に出向き、仕入れルートを作る

「八丁堀のお店から歩いて行ける距離に築地市場があって。仕入れのためだけでなく、魚の勉強をしたくて毎朝通っていました。気になったのが、魚の産地がけっこう曖昧なんです。仲卸業者さんに聞いても、わからなかったり、人によって言うことが違ったり。売り手が産地をすべて把握しているわけではないんです。

 でも僕は『これは和歌山県産のアジです』とか、自信を持ってお客さんに伝えたいんです。それで全国の産地に足を運んで、漁師さんから直接買いつけることにしたのです

 魚のみならず、薬味のネギ、生姜、米、調味料に至るまで、生産者に会って、イカはこの人、ネギはこの人、と食材別ルートを作っていった。そのスタイルが確立し、2008年には文京区の古民家を改築して「酢飯屋」を構える。

 この屋号にも、岡田さんのこだわりが込められている。

「僕はネタと同じくらい酢飯にもこだわっていて。マグロに合う日本酒とイカに合う日本酒が違うように、ネタによって合う酢飯が違うんじゃないかと。穴子はこの酢飯、マグロはこの酢飯と、何種類もの酢飯を作ったら、めちゃくちゃ大変で(笑)。最終的に3~4種類にとどめました」

 1万軒以上の寿司屋がひしめく都内でも3種類以上の酢飯を使う店は希少で、差別化に成功。完全紹介制の店は、食通の間で話題になる。当時、客として訪れた有馬朱美さんも、味と、カウンター越しに語る岡田さんの魚にまつわる蘊蓄(うんちく)に惹(ひ)かれた1人だ。

子どもたちを連れて海釣りへ行くことも。YouTubeでもその様子を投稿している。ブログには釣った魚が細かく記録され、まるで事典のよう
子どもたちを連れて海釣りへ行くことも。YouTubeでもその様子を投稿している。ブログには釣った魚が細かく記録され、まるで事典のよう
【写真】海の上で寿司を握る様子。釣りたての魚をその場で寿司に

「『おいしいお寿司屋さんがあるよ』と最初は知人に連れてきてもらいました。普通のお寿司屋さんにはない魚がいろいろ出てきて、おいしいのはもちろんですが、ユニークだなと。

 そのころまだ珍しかった神経締め(鮮度とうまみを保つ締め方)の魚を仕入れていたり、例えばナポレオンフィッシュとか沖縄など南方の地元の人しか口にできない魚や、郷土寿司を出してくれたり。

 東京にいながら旅してるみたいに各地のおいしいお寿司を味わえて。しかも1コース15貫で当時は5000~6000円ほどと私にも手が届く金額。銀座の高級店なら2万円ぐらいしそうなレベルですよ」

 その後、有馬さんはホールスタッフとして店を手伝うことになる。「毎日でもここのお寿司を食べたかったから、まかない目当てです」と笑う。

 岡田さんの探求心は、魚から派生して調味料、野菜、肉、器と広がっていく。

「僕が直接生産者から仕入れた食材を寿司以外にも提供できる場所をつくりたかったのと、地元の人が気軽に入れる場としてカフェを併設。その横に、陶芸家の器を展示販売するギャラリーも設けました」

 食材も器も“作り手”に会って、本当にいいものだけを仕入れるという岡田さんの姿勢は一貫している。

「作り手の顔が見えて思いが伝わるものって、使うほうも大切に扱いますよね。例えば洗い物をするときも器が割れないように丁寧に洗う。心も生活も豊かになると思うんです」(岡田さん)

山梨県上野原市秋山小学校で特別授業を行った 撮影/伊藤和幸
山梨県上野原市秋山小学校で特別授業を行った 撮影/伊藤和幸

 最初は1人で始めた店が、事業の幅を広げるにつれて従業員も増えていった。母が亡くなったとき小学2年生だった弟の聖也さん(34歳)も岡田さんに弟子入り。板前として兄を支えた。岡田兄弟のもとで修業を積んだ大山浩輝さん(26歳)は、こう証言する。

「職人の世界は、技を“見て盗め”ってよく言いますよね。でも大介さんは、それは効率が悪いし時間がかかる、と。手とり足とり丁寧に教えてくださいました。大介さんは寿司を握るだけではなく、やりたいことがたくさんある方なので、店は聖也さんや、僕にも早く任せられるように育ててくれたのだと思います。

 僕の個人的な意見ですけど、聖也さんは職人気質。板前としての腕もあり、食材の目利きもでき、細かいところまで気が回る人。だから大介さんも安心して店を任せられると思うんです。大介さんはクリエイティブ系。何か新しいことを見つけてきたり、外に発信したり。兄弟でバランスがとれている気がします」

 師匠としての大介さんについて聞くと「声を荒らげて怒ったことは一度もない。褒めて伸ばすタイプ」だと大山さん。

「僕はもともと料理が好きで、趣味で包丁を作ったことがあるんです。僕がまだ駆け出しで板場の奥で働いていたとき、大介さんが僕を呼んで、店のお客さんに紹介してくれたんです。

『自分で包丁を作って仕組みがわかっているから、魚を切るのがうまいんですよ』と弟子を自慢するみたいにお客さんの前で褒めてくださって、すごくうれしかった」