「孫と遊ぶ時間が、今は何より楽しいです」と穏やかな笑顔で話す仁科亜季子さんは、御年69歳。もうすぐ古希とは思えないほど、溌剌とした美しさを放っている。インスタグラムに近況をアップすれば、「すてきな笑顔!」「めちゃくちゃキレイ」と驚きの声が続々と寄せられるほど。だが、彼女の半生はまさに波瀾万丈。複数の臓器にがんができる“多重がん”を経験したがんサバイバーだ。
「最初は子宮頸がん。38歳のときでした」(仁科さん、以下同)
出産後しばらく婦人科検診をしていなかったので、「久しぶりに」と何げなく行った検診で判明。
「がんと聞いたときはショックでしたが、“盲腸みたいに、悪いところを切っちゃえばいいんでしょ”なんて、最初は能天気でした。でも先生から最長で半年は入院の必要があると告げられ、やっと事の重大さを感じたんです」
たった3日間ですべての髪が抜け落ちる
治療がいざ始まると想像を超える痛みの連続。鼠径部からチューブで抗がん剤を投与する治療では、煮えたぎったお湯をお腹にまかれたかのような痛み、激しい吐き気が続いた。
「髪が抜けてツルツル坊主にもなりました。朝起きると、枕に髪がごっそり落ちているんです。覚悟はしていたものの、言い知れぬ恐怖と衝撃で身体がガタガタと震え、涙が止まらなかった」
つらい日々を支えてくれたのはまだ幼い2人の子どもたちだった。当時8歳だった息子の克基さんは「一休さんみたい!」と頭をなでてくれたり、6歳だった娘の仁美さんも一緒にナイトキャップをかぶって無邪気な笑顔を見せてくれたという。
「どんなに癒されたことか。いとおしい子どもたちのためにも負けられないって思いましたね」
8時間の大手術の後は放射線治療が続き、入院期間は4か月に及んだ。
「子どもたちの元に戻りたい一心で乗り越えました」
治療後8年がたち、がんの存在を忘れかけていた46歳のとき、再び病魔が襲う。
「今度は胃がん。胃の3分の1と脾臓を切除したんです」
術後はひどい嚥下障害に悩まされる。みかん一房でも詰まり、死ぬほど苦しくなることがしばしばあったという。
「食事が満足にできなくなって、体重は一気に10kg減りました。血糖値も不安定で、急激に下がってはフラフラになることも」
そのたびにチョコレートや砂糖入りの白湯を口にして、なんとかしのぐという状況がしばらく続いた。