「私、超越しちゃったかもしれない」
その1週間前に母親の納骨を済ませ、リード曲『Sing』のMVを母校で撮影したり、場所が北海道だったこともあり、人生を振り返ってしまったのだと言う。
「そのとき、これまでの唄い手としてのコースレコード(最高記録)がうっかり出ちゃったんですね。私、超越しちゃったかもしれないと。
すごく嬉しかったのと同時に、“あ、天井がここか”という。もうちょっとはできるかもしれないけど、10年後の40周年には朽ちるものなんだなと思った。その瞬間にガーンとモチベーションが下がったんですよね」
それでも、大黒は友人に誘われて北海道の森の中にあるトレーラーハウスで過ごし満天の星を見て、お酒を飲んでいたら開き直ったのだと言う。
「天井が見えたんだったら、そこにベタつきでタッチして“本当に限界ですね”というところまで行ってみようと。というか行ってみたいと思った。こうなったら自分を使い切りたいと。
それから毎回のコンサートが全力なんですよ。今日のコースレコードを毎回狙うなんて、この歳で身体的には地獄で、死んじゃうんじゃないかなと自分でも思うんだけど(笑)」
「生きる理由はここにある」
仕事では“最高レンジ”だが、プライベートでは、両親を見送り、自分の家族もない。そんな中、今年の正月は、仕事に逃避しないで、自分に決着をつけようとひとりで過ごしたという。
正月の3日。大黒は自宅のベランダで植木の世話をしながらブランチをしていた。突然携帯が鳴った。チーフマネージャーの高野だった。彼はこんなことを言い出した。
「摩季が歌う理由、歌い続ける理由を自分は聞きたいんだ。きっとファンも聞きたいはずだよ。もういいよ、世のため人のために作品を作らなくても。もう1回自分のためだけに書いてごらんよ。きっと摩季には、作れば、歌えば答えが見えるはずだから」
そう言われた瞬間、まるでダムが決壊するように、突然頭の中に言葉がとめどもなく溢れてきた。
彼女はすぐにピアノの前に座り、取り憑かれたように弾き語り、譜面を書いた。涙が溢れ出て嗚咽するほどだった。
ほんの1時間ほどで『Sing』という曲が誕生した。
そしてデモを録音してメールで高野に送ったのだ。
「摩季、この曲、響いたよ。きっとみんなの心にも響くよ」
高野はなぜ、そんな言葉をかけたのだろうか。
「彼女の最近の作品は、“大黒摩季”を背負い過ぎているような気がしてた。だから、そのフィルターを取り除いて素直に歌にすればいいじゃんと。これからはもっと音楽を楽しんで欲しい、心からそう思いますね」
――満たされない。諦めざるを得ないで生きてきた。なんで私ばっかり、と思ってた。
それが結果的に出てきた歌に答えがあったのだ。大黒は最後にこう言った。
「何だ、あったんじゃんって思いましたよ、生きる理由はここに」と。
〈取材・文/小泉カツミ〉