時間が止まったままの親子
「犯行時刻とされた時間、いつものように家族三人で犬を散歩させていました。家族とは片時も離れていません」
刑務所の面会室に訪れた正彦は、文子の説明通り、事件への関与を否定した。しかし、冤罪の証明についてはすでに諦めている様子だった。
「これまでも何人か弁護士が来て、話だけは聞いてくれましたが……、もう無理ではないかと……」
文子は高校卒業後すぐに正彦と結婚し、外で働いた経験はない。事件当時、長男は中学生だった。正彦が逮捕されてから、正彦の母親が冤罪を証明するために各地の弁護士や活動家を訪ね歩いていたが、その資金も底をついていた。文子は事件のショックで外出ができなくなり、長男にも障がいがあることが判明。十年以上、誰ひとり友達もなく、親子ふたりだけで暮らしてきた。
かつては夫の収入で贅沢な暮らしをしていた文子だったが、事件後、転居を余儀なくされ、たちまち生活困窮者へと転落した。
文子は元々、人付き合いが得意ではなく、精神的にも夫に頼って生活してきた。事件後、文子を支えていたのは正彦の弟だったが、ある日、義理の弟は自ら命を絶ってしまう。
「とっくに籍は抜いてあります。いつ戻れるかわかりませんし、家族を待たせるつもりはないんです」
正彦によれば、文子とはすでに離婚が成立していた。それでも文子にとっては、たとえ受刑者であったとしても、頼ることができるのは夫しかいなかった。