大食いは「自分との戦い」
大食いを始めたきっかけは好奇心だが、どっぷりのめり込んだのは、また、別な理由があった。試合に向けて準備する段階で「人間の身体って、こうなっているのか」と発見することが楽しかった。
「お腹に余分な脂肪や腹筋があると胃が広がりにくいというので、試合前に44キロまで、7キロ体重を落としてみたこともあります。
胃が大きくなると満腹中枢がマヒするらしいんですよ。だから結局、大食いは満腹中枢をどこまで壊すかという戦いなんだと思います。私は同時に嘔吐(おう と)中枢もマヒするみたいで、気持ち悪くなることもないですね」
試合後、胃が痛くなることもないし、胃薬なども飲まない。1度だけ、2キロのハンバーグを食べた後、店の厚意で出された胃薬を飲んだら逆に気持ち悪くなり、2度と飲まないと決めた。
菅原さんと同時期にデビューした正司優子さん(43)は『元祖!大食い王決定戦』で’12年に優勝している。菅原さんが’08年から3連覇して殿堂入りし、大会に出る機会が減った後も、年に1度は会っており仲がいい。
「菅原さんが大食いの時代を変えたと言っても過言ではない。それくらいレベルを引き上げたと思います。私は特に練習はしないで大会中に胃を広げていくのですが、菅原さんは何でも一生懸命で突き詰めるまでやるんです。最初に出た大会で、彼女だけが途中で負けて落ちたんですが、私たちが海外ロケに行っている間に、すっごいトレーニングしたと聞きました」
試合の日程が決まると、菅原さんは1か月前から逆算して、準備を始める。
大根や白菜など、そのとき安い野菜を大量に調理して食べたり、ご飯の量を増やしたり。寒天を大量に作って食べたこともあるが、美味しくなかったと苦笑する。
いきなり大量に食べるのではなく、フルマラソンを目指して徐々に走る距離を延ばすように、少しずつ量を増やしていく。試合に臨む姿勢は、まるでアスリートのようだ。大食いは「自分との戦い」だと言い切る。
「もっとほかの出場者を見て争っている感じを出して」
テレビの収録中、スタッフに注意されたとき、菅原さんはこう返したそうだ。
「私は誰とも争ってません」
菅原さんは数字に信頼を置いているため、正確な分量ではなく“何杯食べた”といった曖昧さの残る記録が許せないこともあった。
「ステーキ何キロとか数字で量がわかるものはいいのですが、ラーメンなんかだと、盛りを軽くすれば何十杯だって食べられますよ。でも、見ている人にはわからないから、あの人は30何杯で新記録だとか言っているのを聞くと、ちょっとむなしくなりますね」
正司さんによると、菅原さんは自分の身体を張っていろいろ実践しているぶん、経験豊富で何を聞いても的確なアドバイスをしてくれるという。大会中に正司さんは手がつってケイレンが止まらなくなったことがある。待機している医師に冷やせと言われたが、おさまらない。菅原さんにメールで聞くと「たぶんカリウムが足りてないから、野菜ジュースを飲むといいよ」と返信が来て、飲むとすぐにおさまったそうだ。
大食いに対して、ストイックすぎるくらいストイックな菅原さんだが、普段は正反対。一緒にいると、天然さに笑わされてばかりだと、正司さんが教えてくれた。
「菅原さんは慶君が幼いころ、大会によく連れて来ていたんです。慶君はパッと迷子になるんですが、わりとすぐスタッフのところに戻ってくるんですよ。ところが、探しに行った菅原さんが迷子になって帰ってこなくて、今度はみんなで彼女を探したり(笑)。優勝して賞金をもらった後、帰りに何万円もなくしちゃったり。そういうオチが必ずあるんですよ」