志村けんさんが亡くなったのは、3年前の3月29日だった。東京・東村山駅前の銅像には、今も人だかりが絶えない。写真を撮る人の中には、大阪から友人たちと1泊で来たという10代女性の姿も。
「小さいころから『バカ殿様』のファンで、ずっと来たいと思っていたんです。銅像を見ることができたのはうれしいけど、ほかに何にもないんですね……。志村さんを偲ぶ場所を回る“コース”とかもあるかと思ってました。できれば、志村さんの“記念館”のようなものがあるといいんですが……」
志村けんが暮らした豪邸は…今後について兄を直撃
もうひとつのゆかりの地が、ずっとひとりで暮らしていた東京・三鷹に残された“豪邸”だ。2月10日発売の『週刊ポスト』には《4億円豪邸が廃墟に!》という衝撃的な見出しが躍った。
訪れてみると、以前のとおり表札には《志村》と記されている。
「お庭は荒れ放題ですね。野良猫がすみ着いちゃって、子猫を産んで、その鳴き声が聞こえてきます。昨年末に元家政婦の女性がやって来て“ヒドイ状態ねー”と嘆いていました」(近所の住民)
熱海に所有しているリゾートマンションもそのまま。名義は志村さんの個人事務所『エスカンパニー』。代表取締役を務めるのは、志村さんの兄・知之さんだ。
東村山の自宅を訪ねて、今後について話を聞いた。
「もう丸3年なんだね……」
寂しそうな表情を見せる。昨年は仲本工事さんが亡くなり、残されたザ・ドリフターズのメンバーは2人になった。
─今年の命日は親戚一同で集まって、けんさんを偲ぶのでしょうか?
「それはないですね。今年はお墓参りをするぐらい。次に集まるのは七回忌だろうね」
─遺産の相続は終わったのでしょうか?
「去年の9月にね」
─莫大な遺産で、整理するのも大変だったのでは?
「どうなんでしょう(笑)」
通常は10か月以内に相続の手続きが行われるが、コロナ禍の影響もあって長引いてしまったようだ。