「例えば、朝8時5分から夕方5時5分まで拘束されて5軒の利用者宅を訪ねて回り、日当は5682円。これだけにしかならない。

 移動や待機については、厚労省は事業者に対し、労働基準法をもとに賃金を支払わなければならないと4度、通達を出しています。それでも移動1回につき100円と安かったり、支払われないケースもあります」

 伊藤さんの働く事業所では、グーグルマップで表示される訪問先までの距離と時間をもとに、移動の賃金が支払われている。

「想像してみてほしい。マップ上では6分と表示されていたとしても、仕事が終わり、着替えてエプロンをしまい、自転車に乗るまでさらにかかる。階段を下りる時間も想定されていません」(伊藤さん)

 体調が急変しやすい高齢者は、予定していた訪問をキャンセルすることも少なくない。ところが前出の実態調査では、休業手当が「必ず支払われている」ケースはおよそ2割に満たない。

 再び藤原さんが言う。

「キャンセルが出ると事業所にも報酬が入らなくなります。コロナ禍での利用控えもあって、事業所の経営状態はどこも厳しい。

 労働基準法を守り、待機や移動にかかる正当な賃金をヘルパーに支払うと、事業が成り立たない。実質的に労働基準法を守れない制度になっているのです」

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ヘルパー不足で加速、一家心中のリスク

 介護保険制度の費用は40歳以上が納める介護保険料と、国や地方自治体の税金とが半々でまかなわれている。そこから各事業所に介護報酬が支払われるわけだが、その金額は国が定める「公定価格」で決まる。

 3年ごとの改定のたびに、介護報酬は大きく引き下げられてきた。さらに物価高も重なり、「過去にないほどの厳しい経営状況」であるとして、介護サービス事業者で組織する11の団体が4月28日、対策を講じるよう求める要望書を自民党に提出したほどだ。

 介護保険をめぐる問題に詳しい、鹿児島大学の伊藤周平教授が指摘する。

「事業所に入る介護報酬そのものが、移動や待機の賃金を支払える額になっていません。岸田首相は介護職の処遇改善のため、1人あたり9000円の加算を行ったとしていますが、賃金に反映されているのは2000~3000円程度とか。

 そもそも一時的に増えただけではヘルパーの基本給は上がらず、人手不足の解消にもつながりません」

 介護労働安定センターの'21年度調査によれば、ヘルパーの平均年齢は54.4歳。注目すべきは60代以上が37.6%を占めていることだ。

伊藤さんは「最低賃金も物価も上がっているのに、ヘルパーの賃金は横ばい」と実態を明かす
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