暮らし始めた米海軍の専用地は夢のような場所
「夫の親族とはまだ会ったことがありませんでした。娘を連れていけば、孫の顔も見せられます。ところが出発直前になって、夫にどうしても外せない仕事が入ってしまった。夫は私たち母子に一足先に向こうへ行ってほしいと言います。まだ歩くか歩かないかという娘を抱え、見知らぬ土地へ行き、初対面の彼の母親の家で寝泊まりをする─。夫は『ごめんね』と言うけれど、私はもう不安と夫と離れる寂しさとで胸がいっぱいです。
海軍には横田基地に専用の大型旅客機があって、私たち家族も無料で同乗させてもらえます。ただ軍の事案や格付けによって乗る順番が随時変わるため、実際に搭乗できるかどうかはそのときになってみないとわからない。例えば政府に何か緊急事態が発生したり、大佐や中佐、少佐が急きょ乗るということになれば、下の階級の人間はどんどん後回しにされてしまいます」
ターミナルで娘を抱えて搭乗を待っていると、乗るはずだった旅客機が満席になったと告げられた。かわりに「C-5なら乗れる」と言われるが─。
「C-5は海軍の中型機で、迷彩柄のいわゆる輸送機です。あれに乗るのかと愕然としたけれど、そうでなければ明日の午後の便になるという。しかも横田にある軍の宿泊施設はもう埋まってしまったということで、翌日の便にするとなると、ターミナルのベンチで寝るか、いったん家に帰って出直すしかありません。横田から根岸の家まで2時間半はかかります。幼い娘を抱いて、45日分の大荷物をまた運び、出直すなどとうていムリというものです。C-5に乗ろうと、その場で腹をくくりました。けれどそれは、とんでもない試練を伴う旅の始まりでした」(次回へ続く)
<取材・文/小野寺悦子>