名刺の裏に延命治療を辞退する旨を書き常に携帯
さらに樋口さんが、いざというときの備えとして実践しているのが、延命治療についての意思表示だ。14年前から、名刺の裏に延命治療を辞退する旨を自筆で書き、健康保険証と一緒に常に携帯している。自分の最期のあり方を考え始めたきっかけは、ジャーナリストで大学教授も務めていたパートナーを看取ったことだった。
「本人は“プロダクティブ(生産的)でなくなったら生きている気はしねえなあ” とよく話していました。でも大動脈瘤破裂で寝たきりになって、延命治療として気管切開して鼻から栄養をとり、亡くなるまで声も出せない状態で3年2か月を過ごしました」
それが結果的によかったのかどうか、今でも、本人の気持ちはわからないという。
「延命処置が絶対によくないと一概には言えません。彼も亡くなる直前まで教え子が見舞いに来て、その様子を穏やかに見守りながら、うれしそうにしていました。それに人間弱ってきたら、考え方が変わるとも限らない。私は辞退派ですが、家族も、そのときどきの本人の気持ちを推し量りながら支えることが大切なのではないでしょうか」
でも、病を得た人の、ただでさえ複雑な心情を、まわりが察するのは難しそうだ。
「私も延命治療はしないと言いながらかなりうろたえましたしね。まわりの人に覚えておいてほしいのは“その人がひとりの人間としてどんな人生を送ってきたのか” 想像してほしいということ。それを思いやれば高齢者への接し方も変わってくると思います」
取材・文/志賀桂子
樋口恵子 1932年生まれ。40代から女性問題、福祉問題について評論活動を続け、介護保険制定にも尽力。東京家政大学名誉教授。NPO法人「高齢社会をよくする女性の会」理事長。近著に、岸本葉子氏との対談による『90歳、老いてますます日々新た』(柏書房)など。