駆けつけてくれた母親と20年以上ぶりの同居
現在は猫と母親との3人暮らしをしている。母親とは、実に20年以上ぶりの同居なのだそう。
「引っ越したタイミングが、ちょうどコロナウイルスによる緊急事態宣言下だったので、ほとんどのお店がやっていなくて。活動を終えてごはんを作るにも、スーパーも時短営業だったので、何も食べるものがない状況でした。
毎日コンビニで買っていて、健康とはいえない食生活でした。そうしたら、1か月目で周囲から心配されるくらい痩せてしまった。もうこれはダメだと思い、母に助けてくださいと、お願いをして来てもらいました」
人に頼るのがすごく苦手な森下さんのSOSに、母親はすぐに駆けつけてくれた。現在もひたむきに政治と向き合う森下さんを全面的にサポートしてくれている。
「実は祖父や叔父も町議会議員で政務に関わる人だったんですが、母からは『血は争えないね』なんて言われます。
母はさまざまなことに関心のある人で、家でも母と政治の話などもします。母には本当に助けられていて、感謝しかない。東京では1人での生活でしたし、こうして感謝の気持ちを言えたのも、ここでの生活を始めたからこそです」
宮城に引っ越してから生活ぶりが一変、夜に外出することもぱったりなくなった。
「東京にいたときは、遊びの誘いも多かった。友達もみんな元気で夜ごはんは外で食べるのが普通。楽しい反面、疲れるなと感じるときもありました。今はある意味すごく楽な気分です。
東京に比べて夜は本当に真っ暗。とにかく寝るのが早くなるんですよね。夜10時には母が寝るので部屋も暗くなる。夜ふかしといえば携帯で漫画を読むくらいで(笑)」
今は自宅でゆっくり自分と向き合う時間も楽しんでいるという。
芸能界で活躍していたことも大きな財産になっており、すべての経験が無駄ではなかったと振り返る。
「人との距離感を感じさせないねと、褒めていただくこともあって。もともと引っ込み思案な性格だったんですが、積極的になれたのは芸能界に身を置いていたからだと思います。
例えば、旅番組で知らない方とさまざまなお話しをさせてもらった経験も生きているのかなと。芸能の活動を通して、言葉や文化なども気づかぬ間に学ばせてもらっていたのだと改めて感じます」
(取材・文/諸橋久美子)