その世界には、美輪明宏さんやおすぎとピーコさんという大先輩もいたが、オカマからオネエタレントと呼ばれるようになった先駆者・山咲トオル。「トオルちゃん」の誕生だ。
「同時期のオネエ仲間のKABA.ちゃんとは、テレビの収録中にずっと手をつないで、頑張ろうねってエール交換してたんです。そのあとに假屋崎省吾さん、そしてお笑い芸人さんさえも吹き飛ばしてしまう最強のIKKOさんも多くの方の支持を集めて、オネエという存在が世の中に受け入れられてきたのね。それでワタシも、のびのびと活動できるはずだったんですけれど……」
“女性が好きだと言ってほしい”という依頼に苦しむ
出演する番組サイドから、“女性が好きだと言ってほしい”という依頼が度々入るように。“オカマと呼ばれようと、オネエと呼ばれようと、ワタシはワタシ”を貫いてきた山咲さんにとって、これは試練だった。自分のセクシュアリティーに嘘をつくことになる。
「『どうせ職業オネエじゃないのか』とか『いつ結婚するんだ』とか聞いてくるの。昭和はそういうことをずけずけと聞いてもよかったのよね。一方では男性を好きと言ってほしいといい、一方では実は女性が~って、逆カミングアウト的なことを言ってほしがったりするわけです」
恋愛対象は女性か男性かと迫られると「テレビをご覧のあなたに決めていただくわ」と、かわしてきた。それでもある日、タレントとしての立場も考え「思いやりがあって慈しみの心がある女性が好きです」と答えてしまった。
「後悔っていうか……。行きつけの新宿2丁目のバーでも『アンタ、嘘ついてるじゃない』と言われて。嘘をついていることが心にどんどん澱のようにたまってしまったの」
さらに、テレビの中に自分の居場所を見つけられなくなっていく。
「オネエ=毒舌、パワフル! ってイメージでしょう? ワタシも毒を吐いてみようとするんだけど周りから“無理しなくていいから”って。落とし穴でも、IKKOさんがダイナミックに落ちると笑えるけれど、ワタシが落ちるとかわいそう、いじめられているみたいとなってしまうのよ。頑張ろうとすればするほど、なんだか浮いてしまって」
強烈キャラの間に入って、毒も吐けず、美しく微笑んでいるだけでは、タレントとして限界なのかもしれない。
こうしてオネエタレント山咲トオルは、自ら選んでテレビ画面から消えた。2010年代に入り、マツコ・デラックスやミッツ・マングローブが台頭してくる。
「キワモノ枠で毒舌と笑いのオネエの時代から、頭の回転の速いお二人が活躍するようになって、やっぱりワタシの出る幕はないなと思って」
さらに時代は令和になり、LGBTQの認知時代をどう感じているのか。
「20代の方たちと話していると、友達にレズの人がいるとか、親友はゲイだとか、それが普通になっていて、そこを認め合っているのがすごいなあって思うの」
昭和の時代は、男性か女性かという2つの性しか表立っては認められなかった。
「性の多様性といわれても戸惑う方もいらっしゃるのでは。でも、変化する時代に添い寝するくらいの気持ちでいればいいんじゃないかしら」
同じ沖縄出身で、どこか似ているといわれた故・ryuchell(りゅうちぇる)さんとの思い出話も。
「一度、テレビ番組(『ロンドンハーツ』テレビ朝日系)の運動会でお会いしたことがあってね。そのときに、すごくまじめで利発で、心の強い子だなって感じました。とても悲しくて残念なことになりましたけれど、ryuchellは本当に戦う人だった」