「今では乳腺外科医の理解もかなり進みましたが、私が乳房再建を始めた30年前は、『もう結婚してるんだから再建しなくていいでしょ』とか、『再建するならがんがどうなっても知らないよ』と言う先生も中にはいらっしゃいました」
もちろん、乳房再建ががんの再発を誘発することはないし、人工物のシリコンも厚生労働省が認可したものを使用していれば、乳がん検診に支障をきたすことはない。
「乳房を切除すると、温泉などで人目が気になるだけでなく、身体の左右のバランスが悪くなるとか、摘出した側のブラジャーにパッドを詰めると、夏場に蒸れたり外出先で落ちそうになるなど、パッドの煩わしさを訴える人も多いです。
片方の乳房がないことによる、こうした不便さやつらさが理解されにくく、美容整形に近い感覚で受け止められ、『いい年をして色気づいて』など、乳房再建を色眼鏡で見る風潮が依然としてあるようです」
再建はしたものの満足できない場合も
人工物による再建では、シリコンを入れる前に、大胸筋の内側にエキスパンダーという袋を挿入し、そこに定期的に生理食塩水を注入し、6~8か月かけて縮んだ皮膚を伸ばしながら膨らませる。そうして反対側の乳房とのバランスがとれたところで、エキスパンダーをシリコンと入れ替えて再建が完了する。
「人間の皮膚はゴムと同じで、いったん伸びてもすぐに元に戻ります。それを伸ばしたまま、なるべく縮まないようにするのがエキスパンダーの役割です。
左右のバランスがとれた乳房を作るためには、シリコンの大きさや形をどう選ぶかも大事ですが、それ以前に、エキスパンダーを正しい位置に挿入し、時間をかけて膨らませることが、より重要なんです」
エキスパンダーの挿入位置が上にズレたりしてしまうと、シリコンを入れても上ばかりが膨らみ、大きさも位置も反対側と大きくズレた乳房ができあがる。それでは温泉に行っても人前で裸になるのがためらわれ、再建した意味がない。
中には、医師に不満をもらしても「ペッタンコじゃないからいいでしょ」と取り合ってもらえないケースもあるというから驚きだ。
一方、人工物による再建以上に医師の“センス”が問われるのが自家組織による再建だ。
「移植に成功して血管はつながっても、あんぱんのようなかたまりがただ胸にのっかっているだけで乳房のように見えないとか、胸の大きい人で、明らかに自家組織だけでは足りないのに手術を強行し、反対の胸と大きさが極端に違うなど、左右のバランスがとれたきれいな乳房とは程遠いケースもあります」