日本刀を振り回しキレるDV夫
DVに関する夜逃げのなかでも、宮野さん自身も窮地に立たされたかなりショッキングな依頼があったという。
夫が食事を済ませるまで奥さんはひと口も食べてはいけない、もしお腹が鳴れば、躾と称して殴られる。そんな理不尽なルールで縛りつけてくるDV夫から逃げ出そうとした、A子さん(40代、女性)のケースだ。
「A子さんの夜逃げ当日の朝。夫は何かを察したのか、その日は一段と暴力が激しくなって。A子さんは夫に足の骨を折られるほどの暴行を受けました」
夫が外出した後、先に到着したスタッフがA子さんを病院へと搬送し、宮野さんともう一人のスタッフは、荷物を取りに自宅へ向かう。しかし、想定よりも夫が早く帰宅し鉢合わせに。逆上して宮野さんたちに日本刀を振り回し、切りかかろうとした。
「加害者たちは、殴ってるけど『これが俺の愛情表現だ』と思っている。だから、見ず知らずの僕らが家に入ってきて、“所有物”の妻をどこかに連れ出していて『引っ越し先は絶対に教えない。もう永遠に会えない』という状態にされるっていうのは、加害者からしたら『ふざけんな』という怒りしかない。
現場慣れしている先輩スタッフが機転を利かせて日本刀を取り上げて夫を黙らせ、どうにか依頼を達成できましたが……。あの瞬間は、依頼者の夫に本気で“殺される”と覚悟を決めました」
夜逃げ屋に依頼する前に、各自治体が運営するDVシェルターに助けを求めるなどの選択肢はないのか。
「シェルターは行政がやっていて無料だけど、シェルターでは根本的な解決にならない、と当社の社長が経験談を踏まえて教えてくれました」
実は、宮野さんが働く夜逃げ屋の社長は女性。過去に彼女自身が夫からDVを受けていたことがあり、同じように苦しむ人を救いたいと会社を立ち上げた。漫画家デビューする前の宮野さんは、社長のインタビューをテレビで見て興味を持ち、漫画にするための取材を兼ねて、夜逃げ屋で働き始めたのだ。
「社長もDVを受けていた当時、シェルターを使ったことがあって。でも、1週間で出されたことがあるそうです。これはシェルター側も明言していますが、シェルターは解決策ではなく、一時的な避難の場所です。
シェルターには定員があって、例えば100人定員なら、101人目が来たら1人は出て行かなければならない。自分が入ることで誰かを追い出すことになるなら、いっそ夜逃げしたほうが……となるようです」