東日本大震災、コロナ、処理水

 アイデアマンの木村さんだが、「すしざんまい」の経営が常に順風満帆だったわけではない。2011年の東日本大震災では、木村さんは、スタッフを連れて避難所を訪れ、マグロの解体ショーを披露。無料で寿司を配った。

「うちの店も厳しかったよ。でも、もっと大変な人がいる。みんなでマグロを食べて笑顔になってくれたら、私もうれしいからね」

 合計8回、被災地に足を運び、解体ショーをした。

 その後店に客が戻り、店舗も増えて順調に伸びてきたが、2020年にコロナ禍が襲う。飲食店は休業や時間短縮で、いつ完全に再開できるとも知れず、閉店・倒産する店も少なくなかった。

「うちは従業員も減らさず、全員にピッタリ給料を払った。“店を閉めていても、30分でも1時間でも店に来て、話をしたらいい”とも言ったね。誰にも会わず、家にいたらおかしくなっちゃうでしょう?」

最高値となった2019年の初競り。競り落とした本マグロは、毎年、通常価格で客に提供される
最高値となった2019年の初競り。競り落とした本マグロは、毎年、通常価格で客に提供される
【写真】3億3360万円!最高値となった2019年の初競りでのすしざんまい社長

 それまでの蓄えは、コロナでの事業存続のためにすべて消えたが、通常営業に戻ったとき、スタッフはみな健康な笑顔で客に接することができた。経営も立ち直り、ホッとしたのもつかの間、今度は福島原子力発電所の処理水の風評被害が降りかかる。

「去年の8月、処理水を流し出したときには、20~25%売り上げが落ちたね。今、ようやく戻ってきた。外国の人も来てくれるようになったしね」

 幾多の危機を乗り越え、命をいただくことに感謝しながら、働くことの意味を自分自身にもスタッフにも説き続けてきた。

 前出の江上さんは言う。

「木村さんには情熱がある。“おいしいマグロを安心して食べてもらいたい”という思いを貫いている。それが成功の秘訣だと思います」

 木村さんの母は、2005年に94歳で亡くなった。母のベッドに集まった子どもたちは、苦労して育ててくれた母に「ありがとう」と感謝を伝えた。

「すると母は“おまえたちがいたから私は元気にこられた。おまえたちによって生かされたんだよ。生かしてもらって、ありがとう”って。これには感激したね」

 この母にして、この息子あり。モロッコ大使のブフラルさんは言う。

「2023年にモロッコで大地震が起きたとき、すぐに連絡をくださり、寄付金も届けてくれました。いつでも支援を惜しまない、温かい人です」

 今年はロサンゼルスに「すしざんまい」初の海外出店を目指している。

「海外においしいマグロを提供するシステムがない。日本の衛生管理が行き届かないと寿司文化は広がらない。でもうちには10年以上店長をしてきた経験豊富な社員も、数百人の職人もいるからね」

 マグロは止まることなく泳ぎ続けている。木村さんの挑戦もまた、止まることなく続いている。

「すしざんまい」の社長・木村清さん 撮影/佐藤靖彦
「すしざんまい」の社長・木村清さん 撮影/佐藤靖彦
取材・文/藤栩典子(ふじう・のりこ)●フリーライター&編集者。料理、ガーデン、インテリアなど生活まわりを取材・編集。『島るり子のおいしい器』(扶桑社)『上條さんちのこどもごはん』(信濃毎日新聞社)『美しきナチュラルガーデン』、『66歳、家も人生もリノベーション』(共に主婦と生活社)ほか。

撮影/佐藤靖彦