笑いは砂糖。人生を引き立たせる調味料

30年来の付き合いだという演歌歌手の桜おりんさん(左)、『人生百年時代がやってきた』を作曲したギター漫談家のベートーベン鈴木さん(右)と(撮影/佐藤靖彦)
30年来の付き合いだという演歌歌手の桜おりんさん(左)、『人生百年時代がやってきた』を作曲したギター漫談家のベートーベン鈴木さん(右)と(撮影/佐藤靖彦)
【写真】「40歳まで生きられないと思っていた」と語る大村崑のキャバレーのボーイ時代

 取材中、その若々しさにいったい何度驚かされただろう。

「ちょっとトイレ行ってきますわ」。そう言って立ち上がると、スタスタとトイレへ向かう。ヨタヨタとはまるで無縁の足取り。戻ってくるなり、速射砲のように話し始める。

 驚くべきは、その声だ。張りがあってずっしりと響く。高齢者とは思えない、その声に魅せられ、「歌手デビューを打診した」と話すのが、自身も演歌歌手の桜おりんさんだ。崑さんとは30年来の付き合いになる。

「サービス精神があって人を楽しませるのが好きな人。そして、本音で向き合う人でもある。だからこそ、たくさんの人から愛されてきたんだと思いますよ」

 おりんさんが、崑さんの人柄を表すこんなエピソードを教えてくれた。

「昨年、千葉真一さんの三回忌があったんですけど、大村先生が弔辞をお読みになったんです。その途中、『僕だってまだまだこんなにできるのに』ってスクワットを始めたんですよ。参列者から拍手喝采が起きたほどで、しめやかな中でもユーモアを忘れない。プロフェッショナルな方なんです」(おりんさん)

 日本喜劇人協会8代目会長、喜劇人大賞名誉功労賞、旭日小綬章─喜劇役者として、崑さんは昭和、平成、令和を歩んできた。

「おもろいっていうのは、人生における味つけで、“砂糖”みたいなもんです。すき焼きをやるときに油を引いて、肉やら野菜やらを入れて、しょうゆ、料理酒を入れますよね。でも、それだけやと塩っ辛い。砂糖を入れることで、甘みが生まれて、肉の味が引き立つ。僕はね、喜劇、ユーモアというのはそういうもんやと思っています。笑いがないと、どれだけいいもんをそろえても、おいしくならないんです」

『赤い霊柩車シリーズ』で演じた石原葬儀社の秋山隆男専務は、原作ではまじめなキャラクターだった。

「台本を読むと怒ってばかりのキャラクターだったから、面白みが生まれない。そこで、原作者の山村美紗さんに直談判して、砂糖を加えていいか聞きました。ダメやったら降板しようと思っていたんだけど、美紗さんから、『何言ってんですか。あの役を面白くしてもらうためにオファーしたんです』と言っていただきました」

 秋山専務は、シリーズ屈指の人気キャラクターへと昇華した。

「ほんまにありがたいことです。僕が死んだら、目の覚めるような赤色の霊柩車で見送ってもらうつもり。喜劇役者らしくていいでしょ?」

 92歳。まだまだやりたいことは尽きないと笑う。

「おもろいことを言おうとか、そんなことは気にしなくていいんです。自分が、その場の砂糖になるつもりで振る舞う。すると、おのずとおもろい場になっているんです。皆さんも、砂糖の気持ちを忘れないでください」

 喜劇役者は砂糖の味を知っている。

 だが、その存在はずいぶん少なくなった。「支える人、受け継ぐ人がいなくなってきている。悲しいことやね」と視線を落とすが、「せやから、僕がやらなあかんのです」とすぐに前を向く。

「何げない瞬間を大切にすることです。昔は、散髪屋さんで髪を切ってお金を払うと、『まあお掛け』言うて座らされて、雑談が始まりました。どこどこのおかんが病気になったとか、あの店が儲かっているらしいとか、日常会話が始まる。『まあお掛け』の時間がなくなってきていることで、面白みも失われていっていると感じるんです。そういう瞬間があるから、人間っておもろい。そういうことを含めて伝えていけたらって思っているんです」

 喜劇の魅力を伝えるために身体を鍛える。崑さんの“今”は、年齢に関係なく心身が直結していることを雄弁に物語る。気持ち次第で、人生はおもろくなる─。

 大村崑は時代を超えて、全身で人を喜ばせ、楽しませ、驚かせ続ける。

大村崑歌手デビュー&千葉真一追悼歌集リリースディナーショー
8月26日(月) 開場16:30/開演17:00 場所:池袋ホテルメトロポリタン「富士の間」 問い合わせ:Tel:090-1651-4848(桜輪会)

<取材・文/我妻弘崇>

あづま・ひろたか フリーライター。大学在学中に東京NSC5期生として芸人活動を開始。約2年間の芸人活動ののち大学を中退し、いくつかの編集プロダクションを経て独立。ジャンルを限定せず幅広い媒体で執筆中。著書に、『お金のミライは僕たちが決める』『週末バックパッカー』(ともに星海社新書)がある。