大御所の現場で決意。「ああはならないぞ」
今の窪田さんからは想像もできないが、若いころはラジオCMなど短いセリフの仕事が多く、長いナレーションが苦手だったという。
「収録の途中で何回も間違えると、へこたれますよね。で、ブースの中で『なんで読めねえんだよ、おまえは』って言いながら、自分の頭をポカポカ叩きました」
方言を直したときと同様、努力で克服した。新聞の社説など長い文章を声に出して繰り返し読み、文章の流れをつかんだのだ。
「ナレーターとしてのプライドは持っていなきゃいけないけど、その出来に対してのプライドは捨てるしかない。自分がダメだったら素直にやり直すしかないですよね。
でも、一度見学させてもらった大御所は違いました。明らかに変なのに、『どこが悪いんだ』と怒り出して。それを見て、『僕は、ああはならないぞ』と思いましたね」
テレビやラジオなどエンタメ以外の仕事もたくさんやった。意外なところでは、公共の建築物ができたときに建築記録を音声で残す仕事。窪田さんと30年以上苦楽を共にした元マネージャーの川村道彦さん(71)によると、全国の空港や橋
梁など多くの建物の建築記録を窪田さんが読んでいるという。
「あまり表に出ない技術的な解説の仕事ですが、窪田さんはもともと技術者だったこともあり、すごくやりがいを感じていました。難しい内容をわかりやすく理解してもらうために、文章のどこに要点があって、どこで区切って、何を強調して読み進めるかという、読み方の研究をすごくされたんです。その積み重ねで、彼の読みは、より説得力を持ったのだと思います。
CMやドキュメンタリーでも、普通は与えられた文章を読むだけですが、彼の中には作家さんの意図を視聴者に100パーセント伝えたいという思いがあるから、映像や音楽の邪魔にならないようにして、全部を生かそうとする。だから、制作の方にも好感を持っていただけるのだと思います」
いつまでもOKが出ない深夜のYouTube収録
こうした不断の努力に裏打ちされた窪田さんのナレーションは高く評価され、仕事の場はどんどん広がっていった。代表作の『情熱大陸』の他にも、『F1』(フジテレビ系)、『THEフィッシング』(テレビ大阪、全国TX系)、『もうひとつの箱根駅伝』『24時間テレビ』(共に日本テレビ系)など長く担当する番組は多い。
ナレーションは基本的にスタジオで事前に収録するが、ごくまれに「生」で話すこともある。長いナレーター人生でヒヤリとした瞬間は一度や二度ではない。
忘れられないのは、2017年12月に放送した『情熱大陸』。神戸でクリスマスツリーを立てる様子を生放送で伝えるため、窪田さんも外で原稿を読んだ。ところが、放送が最後に差しかかると5秒余ってしまいそうに─。
窪田さんはとっさに思い浮かんだ言葉を口にした。
「神戸の港から、少し早いけれど、メリークリスマス!」
言い終わった直後に放送が終わり、中継車から「ワアッ」と歓声が上がった。
そのとき中継車に乗っていた映像ディレクターの三木哲さん(47)にとっても、忘れられない出来事だという。
「あのときは本当に感動しました。僕もタイミングを遅らせながらキュー(合図)を出したりしたのですが、窪田さんが最後の最後に、いきなりアドリブで言ってくださって。鳥肌が立ちました。それで尺もバッチリ収まったし、番組全体も締まったんです」
近年は仕事以外の活動にも力を入れている。きっかけは東日本大震災だった。
「みなさん、炊き出しに行ったりしていたけど、僕はそんなことはできないし、せっかく声の仕事をしているのだから、この声を生かして何か役に立つことができないか。そう思っているとき、マネージャーの川村さんに『窪田さんの声は癒しになるから』と言われて、聞いた方が少しでもホッとできたらと」
構成作家やスタッフもノーギャラで協力してくれて、ラジオ番組をつくり、YouTubeで公開した。
コロナ禍では「窪田等の世界」をスタート。太宰治、芥川龍之介、宮沢賢治など著作権フリーの「青空文庫」の作品を朗読して、YouTubeで毎週配信している。
「コロナで『情熱大陸』の収録をリモートでやることになって、マイクが自宅にきたんです。パソコンにマイクを挿したら録音できる。こんなに簡単なら、自分でも発信できると思ったんですね」
作業をするのは仕事を終えて帰宅した後の時間。夜中の3時過ぎまで収録を続けることもざらだ。
「翌朝早いし、よせばいいのに聞き直して、『あ、ここはちょっと変だな、もう1回録ろうかな』とか、なかなかOKが出せない。自分1人だから終わりがないんです(笑)。
つらいな、苦しいなと思いながら、なんとか綱渡りで4年間毎週続けているってことは、文章を読むことが好きなんだな。やっぱり、ナレーションの神様がいるんですかね」