その矢先、
「ダンプ松本役のオーディションを受けないか」
というオファーが舞い込んできた。なんというタイミング。このオファーにゆりやんの心は大きく揺れた。
「リバウンドするだけなら、正直厳しいなと思いました。ところが友さんのトレーニングを続けながら筋肉や脂肪をつけていける。その方法だったら頑張れる。そう決心しました」
食事が8割、トレーニング2割のつもりで肉体改造
ダンプ松本役を見事、射止めたものの、そこからが試練の始まり。茨の道だった。
「'20年にオーディションに受かって撮影開始までの2年間で、トレーニングしながら体重を40キロ増やしました。ところがいくら食べても自分にとってちょうどいい体重(コンフォートゾーン)の75キロからなかなか太ることができません。体重を増やすために昼から1人で焼き肉を食べに行くこともありました」
体重を増やしたくても増やせないゆりやん。そうした時期が数か月間も続くとさすがに心が折れそうになったが、やがてコンフォートゾーンの苦しみを乗り越え、ゆりやんは目標体重に達する。
しかしプロレスラーの肉体を手にするためには筋肉を増やしながら体重を増やさなければならない。そのためのトレーニングは過酷を極めた。
毎日、自宅で筋トレを行い、プロレスの練習にもできる限り参加して汗を流した。
「プロレスラー役なので、まず弱かった体幹を鍛えました。人を持ち上げたりもするので背中や胸の筋肉を鍛えつつ、身体を大きく見せるために、肩や前ももの筋肉も大きくしていきました。
トレーニングは1日せいぜい1、2時間くらいしかできないけど、食事は1日3回食べる。しかも身体は食べたものでできているから食事が8割、トレーニング2割のつもりで肉体改造に取り組みました」
こうしてゆりやんは筋肉をつけながら、40キロの体重アップに成功したのだ。
トレーニングと食生活で作り上げたボディだが、撮影がクランクアップした後も健康的な生活を続けていると、自然に体重が落ちてきたという。どうせなら、作品の公開までに元の体重に戻ればとも思ったが─、
「撮影時に筋肉をたくさんつけたおかげもあって、そこから減量した今の身体のほうが、自分がいいなと思う体形に近づけたんです。お尻の丸みもしっかり出てきて、いい感じです」
今作でゆりやんが俳優魂を見せつけたのはボディメイクだけではない。落ちこぼれのレスラー、松本香がやがて実家とも決別。ヒールとして覚醒していく姿が今作最大の見せ場ではないか。
映画『孤狼の血』シリーズや『十一人の賊軍』を手がけた白石和彌総監督から、
「芸人をやっていて周囲に置いていかれた気持ちになったことはある?」
と聞かれたゆりやんは、
「芸人として、同期の中では出世頭といわれ、泥水をすするような経験はありませんでした。でもネットとかで不当にバッシングを受けることがしょっちゅうあり、そのたびに“今に見とけよ”と歯を食いしばってきました」
撮影は順撮り。ほぼシナリオの順番に行われたため、ヒールとして覚醒するまで、ゆりやんは4、5か月間かけてじっくり役作りをすることができた。
最凶のヒール、ダンプ松本に覚醒してからは、悪役を演じることが楽しくて仕方がなかったともいう。
「竹刀を振り回してあたり構わずしばき倒す。スイッチが入ると机の上の物を全部弾き飛ばして大暴れ。この快感は何物にも代えられません。イタリアンレストランに入って、フォークを手にした途端に手が震えたこともあります。
記者会見の席で白石監督を竹刀で思いっきりしばいたら、後でめちゃくちゃ痛かったと言われました(笑)」