さらに、喫煙客が投稿した評価画面と、自分のコメントをスクリーンショットして画像とともにX(SNS)に再び投稿した。
日本には「サービス業が下に見られがちな風潮がある」
この騒動にメディアも注目し、遠藤さんに取材依頼が舞い込む。取材を受け記事が出ると、ヤフーニュースにも転載、拡散された。すると、同業者や飲食業、レンタカー会社などの人からも、
《私たちも喫煙で被害を受けたことがあります。よくぞ言ってくれた》
と溜飲を下げるコメントが複数届いた。
批判的な反応も覚悟して、遠藤さんが取材を受けたのは、ずっと抱えてきた違和感があったからだ。
「サービス業が下に見られがちな風潮が日本にはずっとあります。いまはネット社会で、お客様は自由に感想や意見を書いて公表できます。なかには参考になる意見もあるのですが、単なる感情的な感想や理不尽な意見もある。そうした意見に対しても、“お客様は神様”だから、旅館は唯々諾々と頭を下げるべきなのかと疑問に思ったんですね。そうじゃないだろうと」
以前、宿泊客から、本館の部屋に手洗い、洗面所がついていないから不便だと書かれたことがあった。しかし100年以上前に建てられた建物である。その不便さも旅情のひとつとして味わってほしいのだが、理解されなかった。
なかには、カスタマーハラスメントとも取れる要求を振りかざしてくる客もいた。
1年前の冬、チェックイン時刻よりかなり早く到着した予約客がいた。雪でどこにも出かけられないから、部屋に通してくれと言う。
しかし部屋の準備が整わず、部屋に早く通す場合には暖房代をいただくことになる旨を伝えたところ、そんなものを払いたくないからロビーで待つと怒り出してしまった。
その後もスタッフに当たり散らす様子がうかがえ、このままでは厄介ごとになると思った遠藤さんは、客に提案した。
「暖房代などはいただきませんから部屋にお通しします」
そう言うと、客は豹変。
「だったらなんで最初から部屋に通さないのか」
と怒り始めたのだ。その態度にカチンときた遠藤さんは言った。
「お客様だったら何を言ってもいいんですか」
“主客対等”なのだから、間違ったことをそのままにはできないと思ったのだ。
一方で、クレームにはサービスを改めるヒントが含まれていることもあった。
西屋は、旅館としての基本的な考えを意思表示できていれば衝突は避けられたかもしれないと、コンセプトや設備などについて、ホームページで紹介することにした。
また喫煙騒動を機に、弁護士と相談し、約款や利用規則の見直しを進めた。チェックインの際に利用規則を提示し、〈当館は全館禁煙〉であることを説明した上で、「同意する」場合にはチェックを入れるという手順にした。
そうした対応に変更してから、トラブルが激減したという。遠藤さんは一連の喫煙騒動を次のように振り返る。
「あれ以来、私はいつも怒っているという印象を一部で持たれがちなんですが、そんなことはありません(笑)。でも勇気を出して声をあげてよかったのは、マナーだけでなく、お客様や宿のあり方についての議論を社会に提供するきっかけになったことです」