嫌なことは全部ネタになる!

 燃え殻さんは阿川さんのエッセイ『レシピの役には立ちません』に出てきた、不思議な名前の食べ物が気になったそうです。

:阿川さんのエッセイに書かれているのって、まねできる料理ばかりですよね。

:簡単でしょ?

:和田誠さんとか、すごい人たちと食べてるのが面白い。しかも、どれもおいしそうに書いてるんですよね。特殊な食べ物じゃないから、なんとなく味がわかるし、その絵が浮かぶんです。そんな中で気になったのが「ラクダのつま先」と「象の鼻」で。

:はいはい。ラクダのつま先はモンゴルの大変な珍味で、豚足みたいなものなんですけど……なんて説明すればいいんだろう、とにかく獣臭がすごくて。象の鼻はちょくちょく行ってた小さな中華料理屋さんで食べたもので、そこはシェフが一人でやっていたところなんだけど、「ほかの料理ができるまで、食べてて」と出されたんです。

:名前がすごいですよね。

:ビーフジャーキーのもうちょっと癖のあるような味で、赤黒い見た目なんです。でも最近になって、ある方に聞いたら、九州でとれる貝を干したものを、地元では象の鼻というんですってね。

:へ~。

:九州出身だったのかなぁ。面白いシェフだったけどね、その人お酒飲みだったから、死んじゃった。

:ああ、悲しい話……。

:そうか、燃え殻さんみたいな話にするには、こういうふうに書いてみればいいのか。

:ええ、僕は料理そのものというより、食べ物にひもづいた思い出として書いていますね。

:思い出といえば、不思議な女性関係が多いですよね?

:かもしれないですね、沼津のおばあちゃんの影響なのかなぁ。あとはスーパーをやっていた母方のおばあちゃんも江戸前って感じのすごい人で。僕ね、小学校のときにいじめられていたんですけど、それを聞いたおばあちゃんが「おまえ、それ全部覚えとけ。大人になったら好きな女に今日いじめられたことを情感たっぷりに話せ。モテるぞ」って言ったんですよ。

:おばあちゃん、先見の明がありますね~。

:そうすると、今ひどい目に遭ってるけど、なんか未来に希望が持てたんですよね。

:なるほど。私もね、自分には才能も何もないから、父とは違う優しい人と結婚しようと思ってお見合いをたくさんしたんだけど、うまくいかなくて鬱々としていたときに、知り合いのおばさまに「父がひどい」という話をしたら、「いいじゃないの、後々いっぱい思い出になるから。ウチの父なんてホントに優しい人だったから、何も覚えてないのよ」とおっしゃって。そのときは「冗談じゃない!」と思ったんだけど、今になってみるとおっしゃったとおりだなと思って。しかもその思い出を書いて、原稿料稼いでるからね(笑)。

 だから嫌なことは全部ネタになる、後々人を笑わせるネタになる、ってみんなに言ってるの。いい目に合った話なんて誰も喜びはしない、ひどい目に遭った話には食いついてくるから、みんな!

:そうですよね。それでそれで?って聞きたくなりますよね。ひどい目に遭った話って、いつか恋しくなるものなんですかね(笑)。

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【写真】「嫌なことは全部ネタになる」燃え殻と阿川佐和子の対談ショット

冷蔵庫の残り物をどうするかと日々台所で奮闘し、出てきた料理や気になるレシピを見つけては自己流アレンジを加える“加工癖”などを開陳する、新潮社の情報誌『波』の連載から生まれた3冊目の食エッセイ。カラスミのみりん漬け、紅生姜など、まねしたくなる阿川流メニューがめじろ押し!

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『週刊女性』に連載された『シーフードドリアを食べ終わるころには』に加筆修正と書き下ろしを加えて書籍化。朝煎りコーヒー、生姜焼き定食、チャーハン、金目鯛の煮付けなど、さまざまなメニューにまつわる味の記憶と、その食べ物から思い出されたちょっぴり切ない物語を展開する。

燃え殻
1973年、神奈川県生まれ。テレビ番組の小道具制作会社勤務を経て、'17年にネット上で連載した『ボクたちはみんな大人になれなかった』で小説家デビュー。著書に小説『これはただの夏』『湯布院奇行』、エッセイ『それでも日々はつづくから』『夢に迷ってタクシーを呼んだ』『明けないで夜』など。作品が次々と映像化、舞台化されるなど、今注目の作家。
阿川佐和子
1953年、東京都生まれ。'81年、テレビのリポーターを務めたことをきっかけに報道番組キャスターを担当、以後も番組に出演。エッセイスト、小説家として著書多数、『聞く力 心をひらく35のヒント』は180万部を超すベストセラーに。また女優として映画やドラマに出演するなど、幅広い分野で活躍中。父は小説家の阿川弘之。

<取材・文/成田 全>