厚生労働省によると認知症高齢者の数は’12年の時点で全国に約462万人と推計されており、今から10年後の’25年には700万人を超えるという。これは、65歳以上の高齢者の5人に1人が認知症にかかるということだ。

 現代の医学では、認知症は進行を遅らせることはできても、完治することができない病気とされている。だが実は、認知症の中でも、手術でよくなる認知症があることを知っている人は少ない。

 そもそもひと口に認知症といっても、その原因によって分類がなされていて、大きく分けて、アルツハイマー型、レビー小体型、脳出血や脳梗塞や、くも膜下出血が原因となる脳血管型、そのほかに外傷やアルコールを含めた薬物によるもの、一酸化炭素中毒によるもの、そして『特発性正常圧水頭症』(以下、iNPH)によるものとなる。

 このiNPHが手術によってよくなる認知症だ。

■特徴的な3つの症状

《『iNPH』が疑われる人の有病率は高齢者の1.1%であると推定され、日本の人口の高齢化率(約22%・2012年)で換算すると、低く見積もっても約31万人の方が罹患している可能性がある》(難病情報センターのホームページより)

 それほど多くのiNPH患者がいても、病気そのものの認知度が低いため、有効な治療を受けられている人は少ないのが現状だ。

 東京・目黒にある『東京共済病院』院長で脳外科医の桑名信匡医師はiNPH治療の第一人者。全国からiNPHの疑いのある患者が桑名医師を頼ってやって来るという。

「iNPHというのは、原因は明らかになっていませんが、脳脊髄液の産生と吸収に問題が起き、脳室という脳内の空洞に脳脊髄液がたまってしまう病気です。内側から脳が圧迫されて、いろいろな症状が出てきます。発症は徐々に進み、基本的に60歳以上の人に多い。平均でいうと77~78歳ですね」

 この病気は認知症のほかに、歩行速度が遅くなり、ガニ股になったり、小刻みですり足で歩くようになる歩行障害や尿失禁が起きたりするのが大きな特徴で、

「発症のタイプでは歩行障害が最初で、それから認知症が加わったりします。ごくまれに頻尿、尿失禁だけで発症する人がいますが、ほとんどの人が歩行障害で発症します」

 しかし、この病気はゆっくり進行していく。歩行障害が出てくると、危ないからと外出を控えるようになり、やがて歩けなくなって寝たきり状態になり、1日中ボーッとしていて、軽い認知症の症状が出ても年のせいだと思われて、放置されやすい。また、自発性の退化が起きて元気がなくなると、老人性のうつ病と間違われることもあるという。

▼『iNPH』かもしれない主な症状

(1) トイレが近い、尿意を我慢できない

(2) 表情が乏しく1日中ボーッとしている、物忘れがひどくなった

(3) 足元がふらついてよく転ぶ、足が上がらずすり足で歩く

■局所麻酔ですむ手術で認知症が改善

 このiNPHの症状を速やかに改善する手術とは、いったいどういうものなのか。

「L-Pシャント術といって、私が40年ほど前に開発した手術法で、圧迫の原因である脳脊髄液をバイパスを使って腹腔に送る方法です。それまでは脳に直接管を挿入していましたが、抵抗を抱く人もいました。脳に直接管を刺すのはちょっと怖いし、脳を傷つける可能性もあります。この方法は、脳と脊髄はつながっているので、脳のかわりに脊柱管に管を通す方法。安全性も高く、患者の不安も抵抗感も少ない。慣れれば40~50分ですみます」(桑名医師、以下同)

 さらに、局所麻酔ですむというこの簡単な手術で、

「歩行障害は90%、尿失禁は80~85%、認知症は約65%改善されます。頻尿や尿失禁があるからiNPHは過活動性膀胱と間違われたり、歩行障害からパーキンソン病と疑われやすいんです。あるいはアルツハイマーですね。ひどい場合は、この3つの病気の薬を飲まされることになりますし、副作用も出るからそれを抑える薬も飲むことになる」

 その人たちは病気が改善することで薬が必要なくなり、寝たきりで尿を垂れ流していた人がそうでなくなることで介護保険もグレードが下がり、社会保険料も削減でき、経済効果も期待できる。

 そのためにも、iNPHがもっともっと世間に知られることが必要だが、

「マスコミなどで報道されてこの病気を知る人が増えましたが、まだまだです。歩行障害や尿失禁があったら、老化ではなくiNPHを疑ってもらいたい」

『iNPH』治療の流れ
『iNPH』治療の流れ

【症例】

 桑名医師の治療を受けたAさん(79歳)は、当初、都内の大学病院で診察を受けたが原因はわからなかった。老化現象と診断されて、そのまま通院を続けていたが、症状は一向に回復せず、それどころか、ますます悪化していったという。1年ほど通院したところで、ようやくiNPHを疑われ、桑名医師を紹介されたという。

 特発性正常圧水頭症の認知度は低く、Aさんのように神経内科や脳神経外科を受診しても、iNPHを疑って精密検査が行われるまで病気に気づかないケースも少なくない。『iNPH』が疑われる場合、専門医がいる病院を受診するのが望ましい。