「私は動物のおばあちゃん」と話す海獣ドクター・勝俣悦子さん

 ベテラン海獣医師の勝俣悦子さんが、チャーミングな笑顔を見せて言う。

「40年前、私が『鴨川シーワールド』に就職したときは、まだ魚の延長でイルカを飼うような時代。水族館専属の海獣医師なんて、珍しかったんですよ。

 シャチ、アザラシ、セイウチ、イルカなど、水族館で飼育される海獣を専門に健康管理や繁殖のお手伝いをするのが私の仕事。毎朝、30分かけて行う回診から1日が始まります。陸の動物と違って、海獣は顔の表情がわかりにくい。普段から動きを観察し、少しでも変だと感じたら〝なぜ、いつもと違うのか〟と考える。異変にいち早く気づくための〝謎解き〟です」

 判断が当たることもあれば、はずれることもあるが、勝俣さんは言う。

「どちらも発見。観察を続けるしかない」

 10年かけてようやくある程度、見抜けるようになったという。

 観客席から動物たちのパフォーマンスをチェックすることも欠かさない。

「ジャンプの高さや反応の早さ、動きを確認しています。でも、ほとんどお客さんと同じ目線で楽しんじゃってるんですけどね(笑)」

 そう愛嬌たっぷりに話すが、実は世界的に注目されるすごい経歴の持ち主。不可能と言われたイルカの人工授精を日本で初めて成功させた「繁殖」のプロフェッショナルなのだ。

「30年ほど前、当時の館長が〝将来、イルカが海からやって来なくなるかもしれないから、自前で繁殖させていきたい。そのために人工授精の技術が必要だ〟と言っていました。イルカの繁殖期すらわからなかった時代でしたが、20年かけてようやく成功。館長が予見したとおりになりました」

 数々の繁殖に取り組むうち、〝女性目線〟の重要さにも気づいた。

「普段パフォーマンスをするイルカでも、妊娠したら控えてあげるとか、どこで出産させるかなど、出産までの日々を思いやってあげる人がいるのといないのとでは全然違うんですよ」