歴史ある場所だけに土地の持つ重さもある
各地から観光客が訪れる京都だが、本作には観光だけでは知りえない京都の側面が描かれている。例えば、上京を希望する凛に父親がこう語る場面がある。
── 凛は京都の歴史を背負ってゆくのに疲れたんちゃうか ──
「京都はたくさんの歴史を重ねているぶん、土地の持つ重さや迫力のようなものがある場所だと思うんです。町と自然が共存しているし、観光名所がゆえに人の流れもあるし、すごく住みやすい場所です。
でも、その居心地のよさに引き留められるというのでしょうか。私自身、大学進学の際には一大決心で上京したんです。東京で暮らしはじめてからも、“目が覚めたら京都にいるんじゃないかな”って思ってしまうくらい、京都という土地に後ろ髪を引かれていました」
本作にはさまざまな京都の姿が登場するが、綿矢さんが描けてよかったと実感する場面のひとつが夜の嵐山だという。
「夕闇の時間帯の嵐山は、それまで鳴りを潜めていた怪しげなものたちが動きだすような雰囲気があるんです。季節としては、ちょっと厳しめの面を見せている、冬の嵐山が好きです」
ちなみに、お正月の場面で登場する八坂神社は、綿矢さんにとってのパワースポット的な場所でもあるのだそうだ。
「八坂神社の玄関口である西楼門は、四条通のつきあたりにあるんです。大晦日やお正月は特に参拝客が多いですし、四条通からは普段から土地的なパワーが流れ込んでいると思うんです。それらを全部受け止めてもびくともしない神社なので、元気が欲しいときによく行っていました」
おせち料理やおばんざいなど、食事のシーンを通して京都の豊かな食文化にも触れることができる。
「例えば、万願寺とうがらしひとつとっても、私が子どものころはかつおぶしで煮しめる料理くらいしかなかったんです。でも最近は、ラー油で炒めたじゃこと合わせた“万願寺とうがらしとじゃこの炊いたん”とか、ちょっとしゃれたおばんざいが増えたなぁと感じています。食の場面は、最近の京都のお料理を意識して書きました」
17歳で小説家デビューを果たした綿矢さんも、すでに30代を迎えている。
「この小説は、自分の20代を振り返った作品でもあるんです。普段の京都を紹介しているので、京都に興味がある人や、観光で行かれる方に読んでいただけたらとてもうれしいです」
<プロフィール>
わたや・りさ。1984年、京都府生まれ。2001年『インストール』で第38回文藝賞を受賞しデビュー。早稲田大学在学中の2004年『蹴りたい背中』で第130回芥川賞受賞。2012年『かわいそうだね?』で第6回大江健三郎賞を受賞。近著に『ひらいて』、『憤死』、『大地のゲーム』、『ウォーク・イン・クローゼット』などがある。