大阪・心斎橋の繁華街、19時に開く精神科診療所がある。患者の7割は女性。「イケイケ」「チャラい」「居酒屋の店員みたい」と評判はどれも精神科の医師とは思えぬものだが、本人はまんざらでもないご様子。取材陣のまじめな質問も茶化すように笑い飛ばしてしまう。しかし、次第に見えてきたのは、研修医時代の大病をバネに「精神科のハードルを下げたい」と身を削りながら一心不乱に患者と向き合う、突き抜けた大志だった。

 大阪・心斎橋のアメリカ村。古着屋やスイーツ店、ライブハウスなどが軒を連ね、昼夜を問わず若者が集う。

 アメリカ村の中心地にほど近い、レトロな雑居ビルの3階。迷路のように入り組んだ廊下の突き当たりに、夜だけ開く精神科診療所の「アウルクリニック」はある。

診察は平日の19時から23時まで

「どんな感じですか、調子は? 前回は“死ぬ、死ぬ”言うてましたね」

 院長で精神科医の片上徹也さん(35)がくだけた口調で聞くと、吉田真美さん(仮名)は落ち着いて答える。

「今日は元気です。仕事が忙しくて、それどころじゃない感じで。昨日帰ったら、深夜2時だったんですよー」

「マジで? 女子やのに」

「会社から家まで自転車で爆走しているので大丈夫です」

「でも、2時だと睡眠時間が大丈夫やないな(笑)」

 吉田さんは20代でIT企業に勤務している。気分の波が激しく、落ち込むとご飯も食べない、眠らないなど、何もしなくなり、ますます落ち込む悪循環に陥る。

 本人いわく「小学生のころから自分より周りの人のほうがすごいと感じてしまい、自分はいなくてもいいと思うと、死にたいという感覚につながっちゃう。死にたいに至るハードルが低い」とのこと。

「この1週間、10点満点でいったら、平均して何点取れそうですか?」

 片上さんの問いに、吉田さんは考えながら返答する。

「7くらいかな。月、火、水曜くらいは被害妄想みたいになっちゃって、“自分が死んだら”みたいなことを毎日考えて、本当に疲れちゃって……。今は(波の)上なので、なんか元気すぎて、むしろいい感じです」

「でも上がったら、ドーンと下がると思うので、7割ぐらいで、それ以上、上がらへんようにしないと」

「はい。お薬を飲み忘れないようにします」

 片上さんがアウルクリニックを開いたのは5年半前だ。診察は平日の19時から23時まで(火曜日を除く)。大阪市内でも夜間にやっている精神科はほとんどなく、これまで診たのは4000人以上。内科と皮膚科も併設しているが、8割は精神科の患者だ。

 夜の精神科診療所を開くのに、あえてアクセスのいい繁華街を選んだのは、気軽に来てほしいからだ。

「普通の生活をしている人が、仕事や学校帰りに、フラッと入って、パッと何でも相談できたら、よくありません?」

 軽い調子で口にするが、片上さんは朝9時から17時までは兵庫県加古川市にある精神科専門病院で常勤の医師として働いている。症状の重い認知症や統合失調症などの入院患者を担当。特急電車で1時間半かけて大阪に戻り、夕飯も食べずにクリニックに駆け込む毎日だ。

「ワーカホリックですよ!」

 思わず突っ込みを入れると、うれしそうにぼける。

「おー、ヤバいじゃないですか。助けてください(笑)」