ドラマ撮影中に自転車から落ち、脊髄損傷を負った俳優・滝川英治さん。懸命にリハビリに励み、パラスポーツ番組のMCで仕事復帰を果たした。大切な家族との別れなど、多くの困難を乗り越えてきた彼が今、新たに目指す未来へ、大きな決断をして一歩ずつ進み始めた。

「実は、俳優を引退しようと思っています」

 落ち着いた声が、部屋に響いた─。

 俳優・滝川英治さん(40)は、自宅の医療用ベッドの上で、静かに微笑んでいた。

「そろそろ潮時かな……と。もう1度、最高の舞台に立ち、そして幕を引きたいと思っています」

 その表情は明るく、悲愴さは感じられない。しかし、この結論に達するまでに、滝川さんは多くの苦難を何度も乗り越えてきている。

大きく人生の方向を変えた出来事

 2年前の夏まで、滝川さんはドラマや映画、舞台で活躍する俳優だった。身長186cm、体重79kgという恵まれた体格と抜群の運動神経で、ハードなアクションもこなす。端正なルックスと明るいキャラクターで、特に、漫画やアニメを原作とする「2・5次元舞台」では確固たるポジションを築いた。ミュージカル『テニスの王子様』、ミュージカル『青春-AOHARU-鉄道』、舞台『弱虫ペダル』など、数々の人気作品で存在感を放っていた。

 順風満帆な俳優人生を歩いていたさなかの2017年9月、突然の悲劇が滝川さんを襲う。連続ドラマの撮影中、ロードバイクでの転倒事故によって、脊髄損傷という大ケガを負ってしまったのだ。この日から、滝川さんの人生は、大きく方向を変えることとなった。

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 大阪に生まれ、スポーツ万能の野球少年として育った滝川さんは、大学生のときに街で芸能事務所のスカウトを受けて芸能界入りする。それまで華やかな世界にまったく興味がなく、アルバイト感覚で始めた芸能の仕事だった。が、ほどなくして「リポビタンD」のCM出演をつかみとるなど、俳優としての道は順調に拓けていった。そして、舞台作品やテレビドラマなどへの出演を通して、どっぷりとその魅力に浸かっていく。

「舞台上での自分のパフォーマンスによって、見ている人が声を上げて笑ったり、堪えきれずに泣いたりする。他人の感情を揺さぶり、感動を呼び起こせる。こんな職業は、俳優のほかにないですよね。まるで魔法みたいで」

 演じるおもしろさに目覚めた滝川さんにとって、転機となった作品が、2・5次元舞台の先駆けといえるミュージカル『テニスの王子様』シリーズだ。主人公チームの部長・手塚国光役を務め、同シリーズの初期人気を支えるひとりとなった。

 制作元であるネルケプランニングの荒木田由紀さんは、オーディションのときから滝川さんの立ち居振る舞いに注目していた。

「当時は歌やダンスが飛びぬけて上手なわけではありませんでしたが、堂々として存在感があったことを覚えています。それは舞台に立つ役者として、とても大事な資質だと思います。そしてスタッフもキャストも手探りで舞台を作り上げる中、『部長として俺が引っ張る』という意識が芽生えていく姿を目の当たりにしました。ダンスも得意な人から教わりながら、ひとつひとつ上達していく印象でした。滝川さんは、やるべきことに対して、まじめにきっちり取り組んでいきますね」

 仕事現場での滝川さんのプロ意識やストイックさについては、彼を知るさまざまな人が異口同音に語っている。