新型コロナウイルスに侵され、この世を去った稀代のコメディアン・志村けんさん。
週刊女性は、志村さんと同じ高校に通っていた旧友から、こんな話を聞いた。
「あるとき、志村が『コント55号』のモノマネをみんなの前で披露して、大ウケしたことがあるんです。それで一気に人気者になって。女の子にもモテ始めて、手作り弁当をもらったりしていました」
いしのようこ、優香、みひろ……数々の年下美人タレントとの浮名を流した“モテ男”の片鱗は、当時から見せていたようだ。
志村さんは高校在学中にもかかわらず、ある女性と同棲していたことも。
「彼女の実家がアパートをやっているとかで、その一室で一緒に暮らし始めて。その後、新宿に引っ越して、しばらくは仲よくやっていたんじゃないかな。その女の子の名前が“ひとみちゃん”と言ってね。志村のコントに『ひとみ婆さん』というキャラクターが出てくるでしょう? その子の名前を拝借した、というわけです」(当時を知る芸能プロ関係者)
ただ、20代のあるとき、“笑い”のプレッシャーに追い詰められた志村さんは、こんな“事件”も起こしていた。
「そのころ、中野ブロードウェイの上にある高級マンションに住んでいた志村さんが、部屋で大酒かっくらって泥酔して、ガス自殺をしかけたことがあったんです……」(前出・芸能プロ関係者)
笑いの神様に愛された男――しかし、その裏ではひとりで抱えていた「挫折」と「孤独」もあった……。
4月7日(火)発売の『週刊女性』(4月21日号)では、志村さんのことを昔からよく知る人物たちから聞いた貴重な話や秘蔵写真を、追悼エピソードとして紹介している。