16歳で迎えた父の死、「余命1か月」と宣告された姉の看取りを経て、在宅医療の道を切り拓いてきた秋山正子さん。そんな訪問看護のパイオニアが成し遂げたかったのは、がんと生きる人たち、その家族や友人までもが、安心して専門家に相談できる居場所づくり。病院でも自宅でもない、「第2のわが家」で、さまざまな声に今日も耳を傾ける。ひとりひとりの命と向き合い、共に考え、伴走するために。
同じ病名でも、症状や必要な治療はそれぞれ違う
東京・豊洲の、海に近いひらけた空間に、木々に囲まれた中庭のある小さな家が建っている。木の看板には、「maggie's」(マギーズ)の文字。中に入ると、庭を眺められるソファ、大きな木のテーブル、対面で話ができる椅子……。スタッフの女性が来て、「お好きなところにおかけください」と言い、飲み物を出すと、すっといなくなる。放っておかれる心地よさと、見守られているような温かさ──。
ここ、『マギーズ東京』は、がんの当事者やその家族、友人、遺族、医療者など、がんに影響を受けるすべての人が安心して看護師や心理士に相談できる場として存在している。
予約不要(当面は事前連絡が必要)で、お金もかからない。毎月500人~600人という来訪者からは、こんな声が聞こえてくる。
「迷いを聞いてもらえた。いくらでも迷いは出てくるけれど、少し楽になった」
「“そこに行けば話ができる”という安心感は、何ものにも代え難いと思います」
「治療中、マギーズの存在にとても助けられていました。唯一の心安らげる場所でした」
マギーズ東京の共同代表兼センター長を務めるのは、看護師の秋山正子さん。同じく共同代表として名を連ねる、元・日本テレビ記者の鈴木美穂さんは、マギーズを「秋山さんあっての場所」と話す。
「私は24歳のときに乳がんを患ったんですが、がんを経験した当事者として、今でも秋山さんに助けてもらうことがあります。がんで友人や大切な人が亡くなり起き上がれなくなったときに“生きていることが苦しい”と、ここに電話をしました。
秋山さんは“つらいね”“お母さんが作ったスープを用意して、まず、飲んで”と言ってくれて。冷静に、あなたは落ち込んでもおかしくない状態にあるのよ、と紐解いてもらうと、救われるんです」(鈴木さん)
がんは同じ病名がついていても、症状や、必要な治療が人それぞれ違う。患者会では悩みを分かち合える心地よさもあるけれど、専門的な知識を持った人に相談をしたいこともある。でも、専門知識を持った人に会えるのは診察の時間だけ。だから「マギーズのような場が大切だ」と、鈴木さんは実感を持って語る。
そんな当事者たちに寄り添い、小柄な身体ながら、大きな包容力を持つ秋山さん。その温かい言葉が多くの人を救ってきた。不安を持つ当事者やその家族が話を始めるまで待ち、何を話しても受け止め、否定しない。そして、話をした人は、自然に、人生を自分自身で歩いていく力を取り戻していく。
穏やかな人柄である一方で、思いを形にしていくパワフルさを持つ秋山さんに、たくさんの人たちが惹きつけられてきた。
そんな秋山さんがマギーズにたどり着くまでには、在宅ケアや訪問看護のパイオニアとして、多くの当事者とその家族に寄り添ってきた道のりがある。