初心者からマニアまでトリコにする、いま注目の都市型ワイナリーが東京・御徒町にある。微笑みを絶やすことなく店を切り盛りする須合美智子さんは、ワインの世界では珍しい女性醸造家。しかもワイン造りに身を投じるようになったのはわずか6年前、45歳のときだったという。コネなし、知識なし、経験なしのパート主婦は、いかにして道を切り開いたのかーーその軌跡を追う。
気軽に立ち寄れるワイナリー
日中の冷たい雨が上がったかと思いきや、再び雨脚が強まった12月18日の夕方17時。東京・御徒町の都市型ワイナリー『BookRoad(ブックロード)~葡蔵人~』にポツポツと人が集まり始めた。
この日は毎月恒例、角打ちスタイルの「月いちバル」の開催日。
20時までの3時間限定で、「オレンジデラウエア」や「富士の夢」など多種多様なオリジナルワインを、1皿300円のおつまみとともに1杯300円という手ごろな値段で楽しめるとあって、ワイン好きの老若男女が目をキラキラさせて集うのだ。
床面積がわずか10坪ほどしかない店先に設置されたカウンターの前に立つのは、ワイン醸造家の須合(すごう)美智子さん(51)。'17年11月のオープン時からすべてを切り盛りしている。個性豊かなワインはもちろんのこと、ホンワカした雰囲気と柔らかい笑顔の彼女に惹きつけられ、来店する人も少なくない。
千葉県市川市在住の今井さんは、開店当初からの常連客の1人である。
「須合さんに最初に会ったのは、'17年の上野公園のお酒のイベント。ワインコーナーに彼女がいて、店をオープンさせたばかりだと聞いた。そこで『月いちバル』に足を運んだら、楽しくてハマった感じですね。毎回、ほぼ全種類飲みますけど、同じブドウの品種でも仕込むたびに味が違って興味深いです」と話し、バルでしか飲めない「アジロン2019」をじっくりと味わっていた。
さいたま市在住の菅ひとみさんは今回が初参加。2日前に来店し、購入したというが、バル開催を聞きつけて再びやってきた。
「10~11月ごろに近所の酒屋で『オレンジデラウエア』を見つけて飲んだところ、香りとスッキリした味わいが気に入り、醸造先を探してここまで来たんです。
以前はドイツなどのワインをよく飲んでいましたが、“日本を応援したい”と国産に目を向け始めたときに出会ったのが、こちらのワイン。ブドウの個性を生かした香りと味わいが自分にはすごく刺さりました」
彼女のような「おひとりさま女性客」はかなり多く、同日も女性比率が圧倒的に高かった。それだけ気軽に立ち寄れる空気が漂っている。ワインに詳しくないビギナーが困らないように、商品に合う食べ物の絵をラベルデザインに採用しているのも須合さんならではの工夫と気配り。細かい配慮とやさしさが心の奥底に染みてくるからこそ、一見さんが2回、3回と繰り返し訪れるのだ。
通ってくれる人々に対し、須合さんは常にフレンドリーに接している。
「おかえり!元気だった?」
「ただいま~!」
こんな微笑ましいやりとりも見受けられ、自分の家に帰ってきたかのような安心感を与えてくれる。都心にある隠れ家的ワイナリーが人気を博す理由がよくわかるだろう。
「店名のブックロードは、葡萄と蔵と人がつながって、繁栄していけたらいいという思いで名づけました。ワインを飲みながらお客様がつながり、楽しみ、笑顔になっていただきたい。それが私のいちばんの喜びです」
静かにこう語り、はじけんばかりの笑顔を見せてくれた須合さん。そんな彼女がワイン造りの世界に飛び込んだのは6年前、45歳のときだ。パート主婦から一念発起して醸造家の道を歩み始めた、驚きの人生をひも解いていこう。