目次
Page 1
ー 富士山というナショナリズムの象徴のことを考えるように
Page 2
ー 僕たちはいくつもの運命の分岐点を経験している
Page 3
ー 最近の平野さん

 

 『マチネの終わりに』『ある男』『本心』と、上梓する小説が軒並み映画化されている平野啓一郎さん。最新作『富士山』は10年ぶりとなる短編集で、あり得たかもしれない人生や世界を描いた5つの物語が収録されている。

富士山というナショナリズムの象徴のことを考えるように

僕は自分の仕事を第1期、第2期、第3期、第4期と分類していまして、次の期に進む前に短編を書いてその後の方向性を探っているんですね。2021年に刊行した『本心』で第4期が完結したような感覚があったので、今回の『富士山』に収録されている短編を書き、次なるステップに向かっているところなんです

 これまでの短編の中には読み手を選ぶような実験的な作品もあったそうだが、『富士山』は全体を通して物語性を楽しめるような一冊に仕上がっているという。

収録されている作品は、すべてコロナ禍に書いたものなんです。街から人が消えたり、飛行機が止まったりと、僕自身、コロナ禍にはパラレルワールドにいるような気がしていました。そうした感覚がそれぞれの作品に反映されていることもあり、全体が緩やかにつながっているような一冊になるよう、意識して書き進めました

 表題作でもある『富士山』では、コロナ禍にマッチングアプリで出会った男女の関係と予想外の行く末が描かれている。

僕の知人にマッチングアプリで婚活に励んでいる女性がいるのですが、コロナ禍では思うように活動ができなかったと話していたんですよね。周囲にはマッチングアプリで結婚したカップルもいますし、男女が合理的に出会って結婚する過程には興味がありました

平野啓一郎さん 撮影/廣瀬靖士
平野啓一郎さん 撮影/廣瀬靖士

 もうひとつ、かねて抱いていた疑問も『富士山』を生み出す大きな要素となった。

関西に出張に行くときには自分で新幹線のチケットを予約するのですが、いつもE席が埋まっているのが不思議だったんです。そのことを友人に話したところ『富士山が見えるからでしょ』と言われまして。それ以来、富士山というナショナリズムの象徴のことを考えるようになりました