■アルコール依存症に酷似
『水中毒』……まだまだ一般には浸透していない病名だが、東京マラソンなどマラソン大会のホームページでも、熱中症同様に注意が呼びかけられている。
「症状は意識混濁、頭痛、吐き気・嘔吐など。実にアルコール依存症に酷似します。重症化すれば痙攣、昏睡となり死に至る。実は怖いのです」
東京・千代田区の『大手町アビエスクリニック』の早田台史院長は、症状をそのように説明し、病気のメカニズムを次のように明かす。
「水分を摂取する量が、排泄する量を上回り、血液中のナトリウム濃度が低下した状態、すなわち『低ナトリウム血症』になることをいいます」
水を大量に飲むことで血液が薄まり、血液中のナトリウム濃度が正常値以下になる『低ナトリウム血症』。
「血液中の塩分が減り、真水に近づいた状態になる。脳がブヨブヨになる脳浮腫になり、昏睡・痙攣などを経て死に至ります」(早田院長)
■乳児がスポーツ飲料の多飲で『水中毒』になった症例も
季節は今、梅雨から夏へ。ペットボトルが手放せず、水分補給が度を超してしまう可能性は、誰にだってありうる。
神奈川・横浜の『こどもの木クリニック』の百々秀心院長は、
「スポーツで大量の汗をかき、同時に大量の水分をとると、『水中毒』が起こりえます。子どもの場合、下痢や脱水症の治療として水分補給が大量になりすぎないか、注意が必要。汗でナトリウムが失われ、水分だけを大量に補給すると『水中毒』になる可能性があります。
実際、体重11キロの子どもが、半年間ほどほぼ毎日1日6リットル飲み『水中毒』になった事例があります。7か月の乳児がスポーツ飲料の多飲により『水中毒』になった症例も報告されています」
■「過剰な口渇感」「ダイエットやデトックスのため」が危険
下図(1が正常の状態)に沿い、早田院長が詳しい説明を付け加える。
「ひとつ目のケースは、マラソンなどの激しい運動で発汗した場合。塩分の薄い汗が出るので、水分と塩分が両方減少します(図2)。その際、塩分を含んだ飲み水でなく、水のみで補給すると、低ナトリウム血症になります(図3)。熱中症の初期症状と同じように、こむら返りや頭痛・吐き気などを呈します。
もうひとつは、過度の口の渇きにより必要以上に水分摂取した場合。水分も塩分も不足していないところに、水分だけが加わった状態です(図4)」
前者が悪化し死に至ることはほぼないが、後者は水を飲めば飲むほど『水中毒』が進行する。救急搬送される例は、こちらが圧倒的に多いという。
「特に神経疾患を持つ患者さんは、薬の副作用や過剰な口渇感でいくら飲んでも満足が得られず、強迫観念で飲み続ける場合があります。ほかにも糖尿病、心不全、腎不全、肝不全、重症感染症、甲状腺機能低下症などの患者さんがかかりやすい」
早田院長はさらに視点を変えて、美容の陰に潜む『水中毒』の怖さを、次のように訴える。
「“ダイエットやデトックスのため”と、無理をしてがぶがぶ飲む人は気をつけてください、ということです。頻繁にお手洗いに行けばまだいいものの、排泄量以上に一心不乱に飲んでしまうと『水中毒』につながる恐れがあります。『水中毒』を疑う目安として体重の変化が挙げられます。1日で1~2キロ程度増えることは通常あるとしても、5~6キロも増えるのはおかしい」
■脱水症と症状は同じでも治療は正反対
百々院長によれば、初期症状は疲労感とだるさ。やがて重症になり、嘔吐、頭痛、イライラ感、不安感を募らせるようになる。さらに重症になると痙攣、脈の乱れ、神経の伝達が阻害されることで呼吸困難などが出てくるという。
「『水分摂取過多』が原因の場合で軽症であれば、厳格な水分制限により、ナトリウムの投与を必要とせずに数日で速やかに改善することが多い。重症になると、気道の保護、呼吸の管理、血圧の管理、痙攣の治療を必要とし、治療期間は長引きます」
と早田院長。百々院長は、速やかな受診を促し、
「水分を制限し、過剰な水分を排出することは、病院でなければ対応できません」
加えて、脱水症との違いを次のように解説する。
「スポーツ時の頭痛、めまい、吐き気などの症状は脱水症の時にも起こりますが、『水中毒』は正反対の治療をします。水分をとりすぎたのか、すぎてないのかはっきりせず、気分が悪くなりしばらく休んでも回復しない時には、病院で診てもらったほうがいいです」