「彼は’12 年4月にも、くも膜下出血を発症しており、これが2度目でした。4年ほど前から一緒に暮らしていた浅野ゆう子さんは、あまりに突然の別れに気落ちして、ろくに食事もできないほどだそうです」(スポーツ紙記者)

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 『白い巨塔』『タイムショック』などで知られた田宮二郎さんの次男で同じく俳優の田宮五郎さんが、 今月6日にくも膜下出血の再発のためにこの世を去った。

 3年前に都内に2億円のマンションを購入した浅野。そこで、ふたりは同棲生活を送っていた。そんな五郎さんが俳優デビューしたのは39歳のとき。それまではさまざまな職業を転々としていた。

「田宮二郎さんの死後、妻で女優の藤由紀子さんは、長男でキャスターでもあった柴田光太郎くんを溺愛。彼は学習院初等科から大学まで進学し、卒業後は学習院の中等・高等科の英語教師になった。一方の次男である五郎くんは、それに反発するかのようにやんちゃをしていた」(芸能プロ関係者)

 五郎さんは20年以上前に中尾彬の姪と結婚し、子どもをもうけている(中尾の所属事務所は、「ノーコメント」)。その結婚式で司会をしたレポーターで台東区議の阿部光利氏は、そのときの様子をこう振り返る。

「披露宴には中尾彬・志乃夫妻は出席されていたのですが、五郎さんのお母さんと光太郎さんの姿はなかった。母、兄弟と確執があることは聞いていましたが、五郎さんはとても寂しそうでしたよ」

 その後も五郎さんは、母と兄との関係は微妙なままだったという。

「初めて五郎くんがくも膜下で倒れたときも、母と光太郎くんの協力はあまり得られなかった。それで、浅野さんはひとりで彼を支える決心をしたんです。でも、光太郎くんは“浅野さんが治療費を出してくれているから……”なんて変に遠慮をしていた。兄弟なんだから、もっと近づけばいいのに、どこかふたりには壁があった。すべて母である藤さんの偏愛が原因じゃないですかね」(前出・芸能プロ関係者)

 藤にとって夫である田宮二郎さんはスターそのものだった。英語教師だった光太郎を無理やり芸能界に入れたのは、彼女だったという。

「藤さんは光太郎くんが田宮二郎さんのようにスターになってほしかったんでしょう。でも本人が芸能界に向いてなかった。だから、今は都内の高校で英語教師をしているんですよ」(テレビ局関係者)

 浅野の友人である小林幸子によれば、彼女は五郎さんとの結婚を決心していたという――。