順調な事業運営の陰に賢妻あり!?
さて、そんな父・木下さんは現在も昔と変わらず、家と公演場所を行き来する毎日を送っている。が、そんな多忙な毎日でも、昭和41(1966)年に結婚した青森出身の妻、恵子さんとは、今も相思相愛であるらしい。
英樹さんが2人のこんな姿を証言する。
「駅の階段を上がる時でも、社長みずからが手を引いたりして。すごく仲のいい2人です(笑)」
恵子さんとの、情熱的な恋のエピソードが残っている。
恵子さんとは大学時代の友人の紹介で知り合った。とはいえ、木下さんといえばサーカス団の団員として公演から公演の旅暮らし。木下さんが当時を思い出して言う。
「弘前の公演のあとは盛岡、それから仙台と、公演先で会うわけですよ。それで仙台の公演の時に、青森にいる恵子と盛岡で会おうということになった。11月の末のことでした。ところが雪が降って、私の乗った仙台からの汽車がぴくりとも動かない」
デートをキャンセルしようにも、携帯電話など影も形もない時代である。木下さんは5万円かけ、仙台から何台ものタクシーを乗り継ぎ、恵子さんの待つ盛岡まで出かけた。大卒初任給が7万円程度だったころの話である。
タクシーが盛岡に着いたのは夜中の1時。酔客がくだを巻く中、恵子さんは降りしきる雪に埋もれるようになりながら、木下さんの到着をじっと待っていてくれたという。
こんな木下夫妻を理想の夫婦と語る人がいる。木下サーカスで演技助監督を務める、千葉るみさん(49)だ。
「普段の何気ない会話でも、社長が冗談を言うと、恵子さんが割れんばかりの笑顔で笑うんです。すると場が和んで盛り上がるんですね。恵子奥さまはいわば孫悟空のお釈迦さま。奥さまのほうが手のひらの上で孫悟空(木下さん)を転がせているんです(笑)。懐の大きな女性ですよ」
ぜひともお話をうかがいたいと恵子さんに取材をお願いしたが、表には出たくないと断られたのが残念。だがそんな昔かたぎの妻がやさしく見守る中、木下さんが力を込めて言う。
「団員みんなで力を合わせ、モンテカルロ・サーカスフェスティバルでのゴールドメダルを取ることが目標です!」
『モンテカルロ・サーカスフェスティバル』とは、高級リゾート・モナコ公国で年1回行われるサーカスのオリンピックともいわれる祭典のこと。ここでの優勝は、サーカスの世界では最高の栄誉とされている。なんとしても、ここでの優勝を勝ち取りたいと語るのだ。かつての“自分自身がこの腕で”ではなくて、団員みんなで力を合わせて。
木下サーカスは団員全員が主役となって、世界ナンバーワンサーカスを目指す──!
取材・文/千羽ひとみ
せんばひとみ ライター。神奈川県出身。企業広告のコピーライティング出身で、ドキュメントから料理関係、実用まで幅広い分野を手がける。『人間ドキュメント』取材のたび、「市井の人物ほど実は非凡」であると実感。その存在感に毎回、圧倒されている。