命は巡り、受け継がれ、永遠に生きる
老人への活動の一方で、冒頭に紹介した「いのちの授業」に代表される、子ども向けの活動も’87年に始めた。この一環だろう、2000年に、童話『葉っぱのフレディ〜いのちの旅〜』をミュージカルにする原案を考えた。
春に葉っぱが生まれ、夏に人々に陰をつくったりしながら役に立ち、やがて秋になり散って死んでいく。でも命は終わりではない。葉っぱは土を肥やし、たくましい木の栄養となっていく─というのが原作の主題だ。
「“命は巡って永遠に生きる。受け継がれていき、人の心の中にも残るものだ”というメッセージが、日野原さんが書かれた原案からも伝わってきました。日野原精神を凝縮したような作品です」
そう語るのは、ミュージカルの脚本・演出を手がけた犬石隆さん(演出家)だ。
実はこの作品、すさまじい集中力で作られた。この企画が旧知の黒岩祐治プロデューサーから犬石さんに持ち込まれたのが、2000年8月。聞けば日野原さんが自身の誕生日に合わせて、10月29日にすでに会場を押さえてあるという。準備期間はわずか2か月。
犬石さんはこう振り返る。
「普通だととうてい無理な日程です。ところが原案を読んでいくうちに、先生の命に対する考え方が伝わってきて、パワーをいただきました。何かが降りてきた。いま振り返っても信じられないような力が湧いてきて、無事、初日を迎えることができたのです」
公演は大好評で、’04年には日野原さんが、ルークという老医師役で登場。冒頭の台詞とラストのダンスも披露。92歳で初舞台と話題になった。毎年再演を重ね、合計約200ステージを上演している。
犬石さんにとって印象深いのは2010年のニューヨーク公演。終戦記念日のころだったため、挨拶に立った日野原さんの提案で、国籍を超えて戦死者に黙禱を捧げた。
そのあと、ミュージカルが幕を開けたため、客席との一体感が生まれたのかもしれない。犬石さんによれば、芝居が終わった瞬間、観客全員が一斉に席を立ち、スタンディングオベーション。拍手が鳴りやまず、出演者はみな感極まって涙を流したという。
このミュージカルで興味深いのは、前記した老医師ルークである。原作には存在しないのだが、日野原さんが自分を投影させてつくった人物である。実は、そのルークが死をおそれている。しかし生きることに疲れた少女が少しずつ明るさを取り戻していくさまに触れたり、葉っぱの営みから命は巡っていくことを感じながら、死に対する恐怖から解放されていく。