──出来上がった作品に対してのこだわりは? とても緻密な作品なので、仕上げるのが大変だったのではないでしょうか。

杉本 むしろ小説を読み込んでないからよかったんじゃないでしょうか。手に取った人がイメージを膨らませられたらいいなあと、内容というより「こんなシチュエーションで、こんな登場人物が出る作品ですよ」という思いが伝わるように描きました。

 ひとつの作品が出来上がるのに、それほど時間はかかっていないんです。角川さんからは、横溝作品に加えて、ほかの作家さんの表紙のお仕事もたくさんいただいていましたから。もう、次から次へと仕上げなければならなかったのでね。でも、私はもともとデッサンも速いし、その当時はまだ珍しかったエアブラシ(スプレー式の塗装器具)を取り入れていたので、塗装もとても速く済んだんですよ。作業は並行でしていましたが、1日1枚は仕上げられましたね。

──「イラストがあまりにも怖すぎたので、発禁になったものもある。だから表紙がよく変わった」なんて都市伝説がありますが……。

杉本 そういうこともあるのかもしれませんが……(苦笑)。角川さん側がね、「もっと売れるように」と、刷を重ねるごとに、新しい表紙を描くように要請してくるんですよ。だから違う表紙のものがいくつも存在するんです。後からね、ファンの方に「表紙が違うので買ったら、中身がおんなじだったってことがよくありました」なんていわれるんだけど、僕にそういわれても困っちゃうよねえ(笑)。まあ、おかげさまで作品がたくさん残せてよかったな、とも思います。

 普通、流行作家の作品というのは消えていくものなんだけど、横溝さんのファンは、全然減らないですね。「あの表紙の文庫をなんとかして手に入れたくて古本屋を回っています」なんてお話を、若い人からもよく話してもらいます。現代の作家の方からも「有名になったら、あのイラストを描いた方に表紙を描いてもらうのが夢だったんです」という理由で、お仕事の依頼をいただくこともしばしばありますね。

 横溝作品や金田一さんのファンの集いによくお招きいただくんだけど、「あのときのあの登場人物は、実はこう思っていたんですか?」なんて質問も多くて、困っちゃう。だから僕は、本を読み込んでないからね(笑)。

──50歳を過ぎてから銅版画での作品制作も始めたそうですが、きっかけは?

杉本 今から20年ほど前なのですが、ちょうどそのころからパソコンでのイラストが主流になり始めたんです。僕にはなんだか合わないなあと感じていたんですが、昔それこそ角川などに送った僕の自費出版の作品集を見た人が、「銅版画もやっていたらいいんじゃないの」と言っていたのを思い出して、始めてみました。僕の銅版画は、エッチングという、ペンで彫る技法なのですが、性に合ったみたいで最初からたくさん作品を作ることができました。

 発表していたら海外から多く注文が来るようになりましてね。昔だったら連絡方法はエアメールくらいしかないから、受注が往復で2週間くらいかかったでしょう。今はEmailですぐだから。いい時代に始めたなあと思っています。コンテストに出展したらいつの間にか賞を取っていて、外務省経由で記念の盾が届いたりとか(笑)。

「女・ミカーラ」(杉本一文銅版画集より)
「女・ミカーラ」(杉本一文銅版画集より)
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──現在の銅版画もそうですが、杉本さんの作品は人間や動物を掘り下げるように描かれますよね。

杉本 風景を描くよりも、やはり生き物を描く方が好きなんですよね。風景って変わらないけど、人間や動物は思いを込めるとこっちでも考えていなかった表現が出てきたりするしね。また、見る人にはそれ以上に想像してほしいとも思います。

 今年で70歳になりましたけど、この年まで好きな作品を作っていられるのはとても嬉しいことですよ。今回の画集や個展は、これまでなかったほど大規模なものなので、ぜひ多くの方に見ていただきたいですね。

  ◇   ◇   ◇  

 なんだか意外なイラスト作成秘話には、横溝作品のようなおどろおどろしさをイメージしていた人々にはちょっと拍子抜けだったかも!?

 しかし、杉本さん自身が、金田一耕助のようなナチュラルさが魅力の人物だったというのは、ファンとしてはたまらない現実かもしれない。

〈プロフィール〉
杉本一文(すぎもと・いちぶん) 1947年福井県生まれ。デザイン事務所で勤務後、イラストレーターとして独立。角川文庫における横溝正史作品のカバーで独特の世界観を表現し、爆発的横溝ブームを支える。50歳を機に銅版画を始め、細密なタッチが世界的にも高く評価されている。

「杉本一文『装』画集〜横溝正史ほか、装画作品のすべて」(アトリエサード発行 税別3200円)※記事の中で画像をクリックするとamazonの紹介ページに移動します 

【書籍】
「杉本一文『装』画集」(アトリエサード発行 税別3200円)
「杉本一文銅版画集」(アトリエサード発行 税別2500円)

【個展の情報】
「杉本一文 装画の世界 / 銅版画の世界」
2017年11月18日(土) ~ 2017年11月26日(日)
場所:六本木ストライプスペース
東京都港区六本木5-10-33 ストライプハウスビル 1F, B1
電話03-3405-8108
11:00~19:00 (最終日17:00まで)
入場料:500円
ご入場のお客様に会場限定特典ポストカードを進呈

【関連イベント】
「ずっと金田一さんの話だけしていたい!#2 杉本一文に横溝カバーアートの話を聞いてみたい」
[日時] 2017年11月23日(木/祝)開場19:00 開始19:30
[会場] 東京新宿Live Wire HIGH VOLTAGE CAFE
[詳細] http://boutreview.shop-pro.jp/?pid=124236349