もっと多くの人を救う新たな手段
その後、相談ルールを変更した。誰彼かまわず電話での相談を受け入れるこれまでの方法をやめて、最初はお寺で直接会って話をすることを条件にした。それ以降は、電話などによる相談もできる。
そうした変化と並行して動き始めたのが、楽しいこと、つらいことをみんなで考えるネットワーク『一徹.net』だ。友人の武田さんも事務局長を務め、活動を支えるようになった。冒頭で紹介した旅だち、座禅、ヨガ、アート、音楽などを取り入れたワークショップを開催し、心と身体の健康を整える取り組みだ。時間をかけて死にたいと訴える人を救う水際作戦よりも、ちょっとした生きづらさを感じる人にも目を向けることで、多くの人を救える可能性があると考えた。
実は、こうしたワークショップでできた仲間を、根本さんは人を救う力にしようと考えている。自分がひとりで救える人は限られているし、自分以外にも救える力をもつ人がいるはずだと思っている。そう考えるのは、厳しい修行で得た実体験があるからだ。
根本さんによれば、修行僧は、精神的に追い込まれノイローゼ状態になることが多いという。根本さんも経験した。大切なのはそこからだ。
「苦しい状態を脱することができたら、何かを見つけられるんです。それだけ強くなれる。言い換えれば、悩んだまま死ぬのって、すごくもったいないことなんです。文豪だって自殺に追い込まれそうになりながら人の心の中に染みわたる作品を残す。作家でない市井の人だって、苦しみを乗り越えることで、人を救えるようになると思うのです。そういう人を“最強の素人集団”と言っています」
振り返れば、根本さんは、自殺防止や心理療法を専門的に学問として学んだわけではない。だからこそ、悩みながら慎重にやってきたわけ だが、これまで多くの人を救ってきた。
心理カウンセラー・桜井健司さん(前出)は、個人で続けてきた相談の受け方は、心理学的に裏づけのある内容と重なるものが多いという。
「座禅も瞑想(めいそう)法によるマインドフルネスと類似する部分がありますし、アートは芸術療法、ダンスも表現芸術療法といって、心理療法の一分野になる。自分の体験からそれを着想できるところが、センスのいい人だなと思います」
相談の際、いくら話しても「死ぬ」という人には、死なない約束をするのが一般だが、根本さんは相談者に「死んでいる場合じゃないんだよ」と言うことがまれにある。
「それが言えるのは、長い時間をかけて信頼関係を築いて、可愛がってくれている親戚のおじさんに叱られていると、相手が思うような関係性になっているから」と桜井さん。
9月8日、根本さんの活動を描いた映画『いのちの深呼吸』が公開された。アメリカ人監督ラナ・ウィルソンによる作品で、命を削るように相談を受けるシーンが随所に映し出される。息が詰まるような映像を見ながら、改めて、根本さんを癒す場所はどこなのかと思う。クラブで踊ることもそうだろう。
最近は、一緒に遊ぶ時間が増えている息子との時間も貴重な時間だ。しかしもうひとつある。それは裕紀子さんの存在である。
今回の取材で、根本さんが席をはずしたとき、裕紀子さんに聞いた。「ご主人、弱音吐くことないですか?」と。
「しょっちゅうです。“疲れたな~”とかはよく言っていますし、シュンとしていることもあります。“もう、俺、いい”って投げやりになっていることもある。そう言われても私も反応のしようがないので、黙って聞いてます」
そんな夫を支えるのは骨の折れることだと思うけれど、なぜ続けられるのだろう?
すると、ひと言、
「飽きないから(笑)」
これからは新しい仲間づくりの中から、生きづらさを解消する、あるいは生きるのが楽しくなる、いろいろなアイデアが生まれてくるだろう。ますます飽きない根本さんの活動が続くに違いない。
(取材・文/西所正道 撮影/齋藤周造)