会話する相手が宅配便の配達員とコンビニの店員だけ。1週間の対話時間が1時間を切る。そんな高齢者と出会い、老いや人生の孤独に触れ、若者たちは愕然とする。

学生を含む御用聞きメンバーで、お茶屋さんの店舗改築をお手伝い
学生を含む御用聞きメンバーで、お茶屋さんの店舗改築をお手伝い
古市さんの半生と奮闘の日々

 古市さんはそんな学生と高齢者の心の機微を感じ取りながら、「御用聞きルール」をいくつも導き出してきた。

 例えば、依頼者が特定の担い手を気に入って毎回指名してきても、3回以上続けて行かせない。関係性が近すぎると慣れ合いが起きる。加えて「私はあの人が担当でないとダメ」といった共依存になる危険があるからだ。

 現場での数々の経験から学び、糧にしていく。これもまた古市さんの「すごい才能」なのかもしれない。

「依頼者から学ぶことが多い」

 と古市さん。依頼を受けるなかには対応が難しい人もいるそうだ。いちばん多いのは「怒りコミュニケーション」の人。中高年の男性に多い。

 まず「来るのが遅いじゃないか!」で始まる。

「いえいえ、時間どおりですよ」と古市さんは淡々と対応する。

「まず、見積もりですが」

「見積もりとかいいから、すぐやれ!」と怒鳴る。

 掃除のため「換気するので窓を開けますね」と言うと、「寒いじゃねえか!」と怒る。「えっ? 暖かいでしょう?」と返すと「なんだその口のきき方は⁉」と迫ってくる。

 しかし、作業が終わって「ありがとうございました。また来ますね」と頭を下げると、「いつも悪いね」とそれまで聞いたことのない温かい声を返してくれるのだ。

「お父さんに呼んでもらえないと、僕ら食っていけませんよ」

 そう言い残してドアを閉める。心がぽっと温まる瞬間だ。萎縮する学生たちには「よく聞いててごらん。怒ってないから。通い続けると関係性は変わるよ」と説明する。

「僕らは依頼者から見たら、前掛けをした変な団体。介護職でもなければ、行政サービスでもない。税金払ってるんだから来い、とも言えない。利用したいという依頼者の意思があって、料金をいただく見返りがあって初めて出会える。できることはやる。できないことはできませんと言う。介護保険の枠組みとかではなく、僕らの力の限界。でも、そこをぎりぎりまで挑戦すると、わかってもらえます」

末期がんでも働ける御用聞きへ

 前掛けをした変な団体なのに、役員はそうそうたるメンバーが顔をそろえる。ライブドアホールディングス前代表取締役社長で、小僧com株式会社代表取締役会長の平松庚三さん(72)が最高顧問。会長を務めるのが世界初の乗るだけで測れる体脂肪計を世に出した「タニタ食堂」の前代表取締役会長の谷田大輔さん(76)。2013年に御用聞きと出会い、出資を始めた。

「古市君に会うと非常に話もしっかりしていて、面白い事業だと思った。しかも、お客さんとのコミュニケーションがいちばん大事なんだと熱く語ってくれた。私も後期高齢者だから想像もできる。納得させられた」

 谷田さんに御用聞きの情報を伝えた三男の昭吾さんはその後半年間、御用聞きの取締役を務めた。前掛けをし、現場にも出向いた。

「マイナスをゼロにすることだけに目がいくと、本当にいいものは生み出せない。みんなが笑顔になれる事業のほうが長く続くよ」

 御用聞きの会長に就いたころに言われた谷田さんのアドバイスは、古市さんの胸に響いた。そこから、会社のコンセプトを谷田さんらとともに時間をかけて作り上げた。

「会話で世の中を豊かにする」

 そして、未来のケースストーリーは「末期がんでも働ける」御用聞きだ。

 過去に末期がんの身体で「働かせてくれ」とやって来た男性が忘れられない。和紙に筆で「働かせてくれ」と手紙をしたため、泣き叫ぶように訴えてきた。

「俺は働くことで人生をつくってきた。妻は俺の治療費が高くて困っているんだ」

 63歳だったが、真っ白な髪で見た目は80代にしか見えなかった。しかたがないので、週に1度、商店街でジャズをかける仕事をしてもらった。喜んでやってくれた。

「生き抜きたかったんだと思う。応じられない自分に耐えられなかった」

 男性の姿が、がんになり会社をたたんだ父や、がんで逝った祖父の姿と重なった。

 3か月に1度、祖父の墓参りをする。墓がきれいになっているときがある。

 墓前に手を合わせ、祖父に願う。

「じいちゃん、みんなが最後まで笑って過ごせる人生が送れるよう、俺、頑張るよ」

昨年末、社会福祉法人『三幸福祉会』が運営する介護付き有料老人ホームで、「施設内御用聞き」もスタートさせた
昨年末、社会福祉法人『三幸福祉会』が運営する介護付き有料老人ホームで、「施設内御用聞き」もスタートさせた

取材・文/島沢優子

しまざわ・ゆうこ◎ジャーナリスト、日本文藝家協会会員。日刊スポーツ新聞社勤務後、フリーに。テーマは福祉、教育、スポーツなど多岐にわたる。著書に『桜宮高校バスケット部体罰事件の真実』(朝日新聞出版)、『部活があぶない』(講談社現代新書)など