『紙入れ』は古典落語のなかの名作で、艶笑落語といわれるものだ。
旦那の留守中、新吉が出入り先のおかみさんに口説かれる。そんなときに旦那が帰宅。あわてた新吉は旦那からもらった紙入れ(財布)を忘れてきてしまった。実はこの紙入れには、おかみさんからの恋文が入っていて……。
そんな色っぽい話である。
うれしいというより怖かった
おたまさんの独演が始まる。
「あ〜ら、新さん、来てくれたのかい……?」
それまでの親しみやすい、“元給食のおばちゃん”が一転、仕草も口調も色っぽく、浮気者のおかみさんに変身する。そんなおかみさんと、ドギマギしている新吉との口調の違いに思わず唸らされる。
落語を覚えるときは、まずは落語のテープを何度も聴き、ノートに書いて覚えるという。“よし、覚えた!”と思えたら次はカラオケボックスに行き、たったひとりで実演を重ねるのだ。
誠さんが言う。
「高座がある日という目標が定まると、ガーッといく人。でもカラオケボックスで練習しているとかは、人前では絶対に言わない。ひそかに練習、きちんと仕上げてから見せるって人ですね」
そうした努力のすえに覚えた落語のお披露目の場は、年2回開かれる、横浜市職員落語愛好会の定例会。
「第1回は横浜市中区の関内ホールの大ホールで、500円の入場料をいただいて。うれしいというより怖かった」
演じるうえで心がけているのは、落語の登場人物になりきって“この場面、自分だったらどうするか?”と考えること。
おたまさんの1年後に同会に入会した杜の家くるみさん(55)が、“落語家・九色亭おたま”の腕前をこんなふうに証言する。
「おたまさんは凄いライバルだと感じたのを覚えています。あの存在感、しゃべり方、仕草……。踊りのお師匠さんでもあるんで、色っぽい女性がお得意なんですけど、それは私がいちばん苦手な部分。自分の苦手を得意としている、対局にあるライバルって感じましたね」
大人の色気を感じさせる仕草と話術で、おたま人気はぐんぐんと上昇していく。