1人4役、自問自答の日々
かつて全日本で面倒を見てもらった多治見監督が率い、代表経験のある高橋沙織主将や内瀬戸選手ら質の高い仲間がいる環境は、確かに新たな領域を目指す彼女にとってポジティブなものだった。
「絵里香のバレーに対する真摯な姿勢は若い選手のいい見本になっています」と多治見監督は言う。高橋選手も「準備の段階から100%で取り組む絵里香さんの姿から学ぶことは多い。トヨタ車体と全日本の選手、妻、母と1人4役やりこなすのはホントにすごいこと」と目を丸くする。チームにとっても、その存在は大きいのだ。
移籍と同時に母・和子さんも愛知・刈谷へ引っ越して同居。これまで以上に娘と孫を献身的に支援するようになり、夫・四宮さんも休みのたびに新幹線で駆けつけてくれた。
それから2年半の時間が経過し、赤ちゃんだった和香ちゃんも5歳。ママが近くにいないことを訝しがる年齢になった。アジア大会、世界選手権と3~4か月家を空けた2018年秋には幼稚園で友達を軽く叩いたり、「ねえねえ」としつこく接したりと、不安定な行動を取るケースが見られ、家族を心配させた。
和子さんもこのときばかりは複雑な感情を抱いた。
「正直、寂しかったんだと思いますね……。私はあったことをすべて包み隠すことなく絵里香に伝えます。“親の責任でやってることですから、自覚しなさい”と言いました」
荒木選手は東京・西が丘での全日本合宿中に休みがあれば一目散に刈谷へ戻ったり、柏の実家に和香ちゃんを連れてきてもらうなど何とか親子の時間を作ろうとした。だが、全日本での活動期間中はどうにもならない。
「娘はテレビ電話の前にいる母親に興味がないんです。私のほうは顔が見たくて必死に電話しますけど、途中で向こうに行ってしまったり、電話に出なかったりする。でも家に帰るとベッタリして動かない。それが娘なりのバランスのとり方なのかなと感じます」
全日本の合宿に行くときは後ろ髪を引かれる思いで、切なくて悲しくてしかたないという。そんなとき母親も父親も近くにおらず、寂しい思いをさせていることへの申し訳なさが募り、自分の「選択」に不安を覚えることもある。
「“自分のやってることが本当に正しいんだろうか”と葛藤も生まれてきます。でも自分がバレーを続けると決めた以上、途中で投げ出すわけにはいかない。一緒にいられるときにできるだけの愛情を示して抱きしめてあげることしかできないんだと思います」
父である四宮さんも自分なりのベストを尽くそうと努力している。
「僕らは決していい親じゃないだろうけど、血を分けた娘ですからタフになってもらうしかない。絵里香のお母さんも頑張ってくれていますし娘もいつかわかってくれるときがくると思います」
そういった若い世代の新たな生き方を、和子さんは力いっぱい応援する日々だ。
「われわれの世代は女性が結婚・出産して仕事を続けるなんてムリでしたし、世間の理解もなかった。私は教員でしたけど、夫のいた岡山に嫁ぐことになって辞めざるをえませんでした。
絵里香たちの世代になって家庭と仕事を両立する人が少しずつ増えてきましたけど、完璧にこなすのは難しいですよね。娘たちが頑張っている姿を間近で見ている自分に協力できることはやってあげたいとは思います」