自分の家族に重ねて
物語を読んでほしい
この作品を書くために、三上さんはさまざまな資料を集めたという。
「以前から古本屋で戦前の雑誌『主婦之友』を集めていましたが、ここに載っている当時の服装や料理のレシピがとても役に立ちました。いろんな資料を読みあさって、そこから核になるものを見つけて作品に生かしています。
例えば、『楽園』では、この年に公開された黒澤明監督の『素晴らしき日曜日』を2人が再会するきっかけに使いました。また、第5話『ホワイト・アルバム』はビートルズのアルバムを小道具にして登場させ描いています。私自身がビートルズの中でいちばん好きだということもあるんですが(笑)」
時代の変化に伴って、代官山アパートが変わっていく様子も描かれる。
「八重は入居したときには無機質なアパートを嫌っていたのに、長年住むうちに改築することに違和感を抱きます。変化することはしかたないとしても、納得してから変わりたいという彼女の気持ちは、私自身のものでもあります。なかなか新しいことに踏み切れないところがあるんです」
第6話『この部屋に君と』では、年老いた光生が最初に住んだ3階の部屋にもう1度行きたいと願う。この部屋に家族みんなが集まる場面はとても印象的な描写だ。
「場所と登場人物を結びつけるのが好きなんでしょうね。私は小説を書く前に、舞台となる建物の間取りを考えるんです。自分がこれまで住んだり見たりした建物を参考にします。そうすると、その人物のイメージが湧いてくるんです。こういう話のつくり方をする作家は珍しいかもしれませんね(笑)」