小学2年の春、運命を決める出会い
小学生になるとクラスの女子たちは可愛い文房具を買ったり、アイドルに夢中になったりしたが、松尾さんは全く興味がなく、友達と遊ぶこともしなかった。
かわりに小遣いを貯めては、ウサギ、ウズラ、アヒルなどさまざまな生き物を買ってきて、自分の部屋で育てていた。巣から落ちた鳩の卵を拾ってきて、布団の中で温めて孵したこともある。
「動物の、獣の匂いが好きなんですよ。私が鳥や小動物を買っていたお店は入ると匂いがすっごい。一般の人は “臭い臭い”とすぐ外に出てしまうけど、私はずーっとそこにいて、目をつぶって眠れそうなくらい好きでした。
特に好きな動物ですか? やっぱり犬ですね。犬を抱っこするとお日様の匂いがするじゃないですか。なぜかすごく懐かしいような気がして」
家ではかわるがわる何頭もの犬を飼っていたが、松尾さんの心に深く残っているのはジョニーだ。シェパードのメスで、性格は穏やか。松尾さんはジョニーを連れて、よく裏山に行った。木のかげなどに松尾さんがサッと隠れ、小さな声で名前を呼ぶと、一生懸命探すのが面白くて、何度もかくれんぼをした。
「子どものころから捜索訓練をしていたんですね(笑)。おかげでいろいろ研究できました。表情を見ていると犬の集中力は7分くらいしか続かないとわかったし、犬に教えるときは言葉だけでなく手でジェスチャーを加えると、2倍早く覚えるんです」
訓練士になってから、アメリカ人研究者の本を読んでいるとジェスチャーが有効だと書いてあり、「間違ってなかった!」とうれしくなった。
運命を決める出会いがあったのは小学2年生の春だ。
テレビドラマ『刑事犬カール2』の放映が開始。女性警察官と警察犬が活躍する話に松尾さんは心奪われた。
「人のためになるし、犬も好きだし。私、これやろう!」
中学生になっても動物好きは変わらず、部屋に水槽を入れてピラニアを飼ったりした。
「そのころ、動物に関わる仕事をしたいと父に言ったら、 “食べていけない”と反対されて。動物を好きになっちゃいけないと言われているみたいで、すごく苦しくて、葛藤しました」
ペットブームの今と違い、30年以上前はペットショップや動物病院も少なかった。長崎県には警察犬訓練所もなく、獣医は男の仕事というイメージが強かった。
佐世保市内の女子高に進学。やっぱり動物からは離れられないと思い、図書館で情報を集めた。警察犬の本を借り、名簿に載っている訓練所に片っ端から電話をかけた。