「自分にはとことん厳しく、人にはやさしく」
2007年に長崎県警察本部嘱託犬指導手に合格。自分で育てた警察犬と捜索に携わるようになった。翌年には松尾警察犬訓練所を設立した。
だが、平穏な日々は長く続かない。夫が42歳の若さで、脳梗塞により急死─。
松尾さんは36歳、長女は中学3年生、下の娘は小学5年生だった。母のヨシエさんが一緒に住んで助けてくれたので、松尾さんは「自分が父親役をする」と決め、落ち込む暇もなく働いた。
さらに後進を育てるため、訓練士を目指す若い女性を住み込ませて指導した。嘱託警察犬指導手の資格を取らせた弟子は7人にのぼる。
松尾さんのモットーは、「自分にはとことん厳しく、人にはやさしく」。3年前に弟子入りした家村裕美さん(34)に聞くと、頭ごなしに怒ることなどなく、いつもニコニコしていて、ていねいに指導してくれるという。
「先生はやさしいんですが、内に秘める情熱がすごい。人を救いたいという気持ちが強い方なので、私もそれに共感して弟子入りしました。犬のことになると、可愛がるだけじゃダメだとか、いつも熱く語っていますよ」
犬を育てるうえで大切なことは何か。
松尾さんに聞くと、「愛情と絆です」と即答した。
「“よくやったねー”と言いながら、身体全体でしっかりと抱きしめてあげると絆が強くなります。それは動物も人間も同じです。娘たちのことも、出かけるときと帰ってきたときはギューッと抱きしめていました。だから、いまだに会うと、“お母さん”って抱きついてきますよ。私の師匠は動物です。動物がいろいろ教えてくれたんですね」
逆に、叱るときは、「コラー!」とお腹の底から低く太い声を出す。厳しく叱った後はほめるなど、メリハリが大事なのだと強調する。
「あのね、間違えたことがありますよ。“座れ!”と娘たちに言ってしまい、“お母さん、犬じゃない”と(笑)」
次女の祐里亜さん(20)に当時の様子を聞いてみた。幼かったこともあり、松尾さんが家を留守にすると「めっちゃ寂しかった」と言う。
「お母さんには内緒で泣いてましたもん。でも、帰ってくると必ずギューッとしてくれたから安心感はありました」
お母さんのことが大好きだという祐里亜さん。朝早く出かける松尾さんについていき、広い公園で犬を訓練する様子をよく見ていたそうだ。
「デッカイ声で“来い!”とか訓練している姿は、めっちゃカッコよかったですよ。家にいるときは甘やかしてくれる普通のお母さんなのに、犬のことになると本当に必死で勉強して。憧れはあったけど、跡を継ごうとは思わなかったです。私には無理です。あれは、お母さんだからできたんだと思います」