決断の根底にある「大先生」の教え
「がむしゃらに母として頑張ったのは小学生まで」とみゆきさんは笑う。
幸男くんは中学生まで地元の盲学校へ通い、卒業後は都内にある筑波大学附属視覚特別支援学校に進学。寮生活を始めた。
時間にも心にも余裕が生まれたみゆきさんは、視覚障害児を持つ親のためのグループ『らんどまーく』を立ち上げた。障害児を持つ親は孤立しがちだ。子育ての悩みや大変な気持ちを分かち合う場にしたかった。
『らんどまーく』の会員だった吉備津裕子さん(46)も、弱視の子どもを持つ母親だ。
「不安でいっぱいで、子どもの将来が見えてこないんです。でも、やすやすとやってきたわけではなく、大変だったこともあったと話してくれると、自分たちにもできると思えました」
みゆきさんは、よくこんな話をしたという。
「どこへ行っても“前例がない”はお断りの常套句。でも、断られたら、スタートのピストルが鳴ったと思って。そうすれば傷つかないから」
ダメならあきらめるのではなく、どうしたらいいか、次をひねり出す。「自分にはできない」「うちには無理」と、こぼす母親たちに、繰り返し説いた。
幸男くんは唯一の志望校だった慶應義塾大学環境情報学部にAO入試で見事、合格。充実した学生生活を送っている。
入学後すぐにクラスメートに勧誘され、手話サークルにも入った。「わからないだろう」と思ったが「断るという選択肢」はなかった。
まずはやってみて、できなければ、付き合い方を考えればいい。さまざまな決断の根底に「大先生」の教えがある。
大学ではコンピューターサイエンスとプログラミングを専攻。小学4年生から通っていた英語教室のおかげで、英語もペラペラ。学外では企業インターン、海外への視察、文字起こしのアルバイトも精力的にこなす。
画面がなく音だけで遊べるゲームを開発して、2018年から『東京ゲームショウ』にも出展。音声ゲームは視覚障害者にはなじみが深いが、一般にはほとんど知られていない。新しい感覚にメディアが飛びつき、さまざまな媒体から取材を受けた。
ひとりで通学していた経験から、どこへでもひとりで出かけていく。知らない場所へ行くときも「そこらへんに誰かいるでしょ。そしたら聞けばいいし」と楽観的だ。