ずっと闘うように生きてきた。これからも闘うように生きていく。
そんな和田さんにとって、妻は唯一無二の羽を休められる存在なのだろう。
『注文をまちがえる料理店』が世界へ
今年6月、和田さんの姿はフランス・カンヌにあった。
渡仏の目的は、一般社団法人『注文をまちがえる料理店』の代表理事として、世界三大広告賞のひとつ、カンヌライオンズ国際クリエイティブフェスティバルに挑むため。見事、栄えあるシルバー賞を受賞した。
この『料理店』の発案者は、前出・小国士朗さん。『プロフェッショナル』の取材中に、ひらめいたと話す。
「ある日、利用者さんがハンバーグを作るはずが、ギョーザが出てきて。はい、ひき肉しか合ってない(笑)。でも、利用者さんたちは、うまそうに食べているし、職員さんもふつうに介助している。間違っても、どうってことない雰囲気がすごく素敵で。レストランで認知症の方に働いてもらって再現したいと、和田さんに相談したんです」
斬新な企画は、ともすれば“認知症の人を、見世物にして”と批判されかねない。
それでも和田さんは「やろう」と即答した。
「小国さんのような違う分野の人と一緒にやることで“認知症”をテーマに、世の中に波紋を投じることができる」と考えたからだ。
読みは的中した。
2017年6月、東京・六本木のレストランで、3日間限りの『注文をまちがえる料理店』をオープン。
全員が認知症なので、サラダが3つも運ばれてきたり、ホットコーヒーにストローがさしてあったり、ちぐはぐなサービスが続く。
それでも、いや、だからこそ、看板にいつわりなし。
来店客は楽しげに、認知症の人たちと話を弾ませ、終始、笑い声が絶えなかった。
「認知症になっても周囲のサポートがあれば、社会に参加できることが確信できたし、お客さんにも、認知症であろうと、人として十分にかかわりが持てることを理解してもらえた。中には、生き生きと働く姿に、自分が認知症になるのが怖くなくなったと話す人もいたほどです」
ときにジョークを飛ばしながら接客をしていた認知症の女性に「記念撮影」をせがむ来店客の姿もあった。
「最近、元気がない高齢の母親に今日ここに来た話をしたら勇気づけられる気がして」
イベントの様子は、多くのメディアで紹介された。
反響は大きく、「うちの地域でも」と、これまでに全国25か所で同様のイベントが行われ、その輪は、中国、韓国、イギリス、台湾、カナダなど海を越えて広がっている。
プロジェクトは、いくつかの賞を受賞し、社会的にも大きな評価を得た。
しかし─、「僕は、新しいことをやってるつもりはない」、和田さんは冷静だ。
「取り組むことは違っても、目的は同じ。認知症になっても、最期まで人として生きられるように支援する。生意気なようだけど、それが僕のテーマで、ずっとそれを追いかけていくだけです」
そう言うと、2杯目のコーヒーを飲み干して、目尻を下げた。
取材の翌日は、ベトナムに飛ぶという。外国人技能実習制度を利用するベトナム人に会うためだ。
介護職不足と言われて久しい。2025年には、65歳以上の高齢者の5人に1人が認知症になると言われている。問題は山積みだ。
それでも、和田さんは先頭に立ち、ひとつひとつ問題を乗り越えていくに違いない。
「なんとかせな!」、熱い闘志を胸に─。
取材/中山み登り(なかやまみどり)ルポライター。東京都生まれ。高齢化、子育て、働く母親の現状など現代社会が抱える問題を精力的に取材。主な著書に『自立した子に育てる』(PHP)『二度目の自分探し』(光文社文庫)など